今日は、この秋冬に当院で使う新型コロナワクチンの話をします。ダイチロナとエムネクスパイク、2つの製品です。
先にお伝えしておくと、今日は「どちらの会社が正しいか」を決める会ではありません。
第一三共のMRさんの説明を聞くと、ダイチロナの設計はとても理にかなって聞こえます。私も最初に聞いたときは、なるほどよく考えられているな、と思いました。一方でモデルナは、違う考え方で作っています。
では、どちらが正しいのか。
ここで、今日いちばん大事な一行を最初に出しておきます。理屈のうえで優れていることと、実際の患者さんで優れていることは、別です。
そしてもう一つ。この2つを直接比べた臨床試験は、存在しません。
ですから今日は、無いデータを想像で埋めるのではなくて、「ここまでは分かっている」「ここからは仮説」「ここはまだ分からない」を、丁寧に分けていきます。

今日のテーマは、2026/27シーズンに当院で選ぶ2つの新型コロナmRNAワクチン、ダイチロナ®(第一三共)とエムネクスパイク®(モデルナ)の比較です。
いちばんお伝えしたいのは、理論的なメリットは、臨床的な優越性とイコールではないということです。
そして最初に確認しておくべき事実があります。この2剤を直接比較した臨床試験は存在しません。ですからこの資料は、どちらが勝ちかを決めるものではなく、何がどこまで確かめられているかを整理するものです。
進め方です。事実、それに対する免疫学の説明、人で確かめられたこと、そして最後に「では当院はどうするか」。この順番でいきます。
順番を守るのには理由があります。ワクチンの話でいちばん起きやすい間違いが、「理屈としてもっともらしいから、人でも優れているはずだ」という飛び越えだからです。
今日の目標は5つ。スライドに出ていますが、最後の一つだけ読み上げます。
接種量を取り違えないこと。ダイチロナは0.6ミリリットル、エムネクスパイクは0.2ミリリットルです。
免疫学としてはまったく面白くない話ですが、患者さんの安全という意味では、今日いちばん大事かもしれません。

進行は「事実 → 免疫学の説明 → 人でのデータ → 製剤選択」の順です。この順番自体が、この資料の主張でもあります。
到達目標は5つ。①2つのワクチンの設計の違いを説明できる、②古典的ADEとNTD構造変化型の違いが分かる、③試験管の結果を患者さんのリスクに直結させない、④「抗体の値」と「実際に発症を防いだか」を混同しない、⑤接種量0.6 mLと0.2 mLを取り違えない。
最後の1つは免疫学の話ではありませんが、患者安全のうえでは今日いちばん重要です。
そもそも、なぜ今もコロナワクチンの話をするのか。
コロナは、流行の初めの頃とはまったく違う病気になりました。ただ、リスクがなくなったわけではありません。
数字を見ると分かりやすいです。亡くなった方も、重症になった方も、高齢の方にかなり偏っています。
たとえば重症になる割合を、30歳代を1として比べると、80歳代では71倍です。90歳以上では78倍。年齢というのは、それくらい強い要素なんです。
ですから、製品の細かい違いを議論する前に、まず見るべきことがあります。この患者さんは、そもそも重症化しやすい方なのかどうか。

コロナの負担は減りましたが、なくなってはいません。そして、リスクは全員に等しくかかっているわけではありません。
2020年9月から2023年4月までの累積死亡は、80歳代24,337人、90歳以上18,129人、70歳代12,031人。60歳以上に集中しています。
重症化率も、30歳代を1とすると40歳代4倍、60歳代25倍、80歳代71倍、90歳以上78倍です。
年齢は、他のどの要素よりも強い重症化リスク因子です。製品選択の議論に入る前に、まず接種を受ける方のリスクを見ます。
出典:厚生労働省「データからわかる−新型コロナウイルス感染症情報−」/同「新型コロナウイルス感染症の“いま”に関する11の知識」(2023年4月版)。
次は持病です。
慢性腎臓病、COPD、がん、免疫を抑える治療中の方。当院の患者さんそのものですね。
致死率でいうと、慢性腎臓病の方が14.0%、COPDの方が10.2%。これに対して、リスクになる持病が何もない方は0.41%です。桁が違います。
ですから、臨床では順番を間違えないようにしたいんです。
まず、「この方はワクチンで守られる利益が大きい方かどうか」。その次に、「では、どれを打つか」。
今日詳しくお話しするのは2番目の方です。ただ、患者さんの利益に効いてくるのは、実は1番目の方が大きい。ここは製品比較に夢中になると忘れがちなので、最初に言っておきます。

持病の有無で致死率は大きく変わります。陽性者322,007例のうち、リスク因子の全項目に記載のあった103,426例の解析では、慢性腎臓病14.0%、慢性閉塞性肺疾患10.2%、悪性腫瘍8.35%、免疫抑制7.54%、糖尿病4.76%、高血圧4.32%。これに対し、リスク因子なしは0.41%です。
現在の定期接種の目的は重症化予防で、65歳以上など重症化しやすい方が中心、秋冬に年1回が基本です。
判断は2段階になります。第1問「この方は重症化しやすいか」。第2問「接種するならどれを選ぶか」。「誰に打つか」と「何を打つか」は別の問題です。本日扱うのは第2問だけですが、患者さんの利益への影響は第1問の方が大きい可能性があります。
参考:2024年のCOVID-19死亡は35,865人、死因順位第8位(人口動態統計)。
ここが今日の骨組みです。少しだけ丁寧にいきます。
企業の説明を聞いていると、話が3つの層をなめらかにつないで進みます。
まず1層目。「うちはこの部分を抗原にしています」という、構造の話。これは事実で、争いはありません。
2層目。「だから免疫学的にこういう利点があります」という、理屈の話。これももっともらしく聞こえます。
そして聞いている側は、いつのまにか3層目まで自分で進んでしまうんです。「なるほど、では人でもこちらの方がいいんですね」と。
でも、2層目から3層目へ渡るには、橋が要ります。臨床試験という橋です。
患者さんの利益を語れるのは、3層目だけなんです。
第一三共の説明も、1層目と2層目までは正確です。私も理屈としてはよく分かります。今日の争点は、そこから3層目へ渡れるかどうか、その一点だけです。

議論を3つの層に分けておきます。
第1層は分子の話。何を抗原にしているかという事実です。ここに争いはありません。
第2層は免疫学の理屈。なぜその設計にしたのか、という説明です。もっともらしく聞こえる層です。
第3層は人のデータ。実際に接種して、免疫の反応、安全性、発症予防で何が確かめられたか。患者さんの利益を語れるのは、ここだけです。
企業資料では①→②→④が一続きに見えますが、�Aから�Bへ渡るには臨床試験という橋が必要です。第一三共の説明も第2層までは正確で、争点はその橋を渡れるかどうかの一点に絞られます。
言葉を揃えます。ここだけ押さえていただければ、あとは全部読めます。
まずスパイク。ウイルスの表面にあるトゲです。これで細胞に取りつきます。
そのトゲの先端がRBD。日本語では受容体結合ドメインですが、鍵の先端だと思ってください。細胞側にACE2という鍵穴があって、そこに差し込まれると感染が始まります。
その隣、根元寄りにあるのがNTD。今日はこのNTDが主役になります。
そしてもう一つだけ。エピトープという言葉です。抗体が実際にくっつく、抗原の上の細かい番地のことです。
イメージとしては、ドメインが「地域」で、エピトープが「番地」です。「東京都に住んでいます」と言われても、その人がどんな人かは分かりませんよね。同じNTDの中でも、どの番地にくっつくかで、抗体の働きはまったく変わります。
この一言が、今日の後半でずっと効いてきます。
あとはFc領域。抗体の根元の部分です。それを受け止める側がFcγ受容体。それからLNP、mRNAを細胞まで運ぶ袋のようなもので、製品ごとに設計が違います。

スパイクタンパク質:ウイルス表面のトゲ。細胞に取りつくための装置です。
RBD(受容体結合ドメイン):スパイクのうち、細胞側のACE2に直接くっつく部分。「鍵の先端」にあたり、中和抗体の主な標的です。
NTD(N末端ドメイン):スパイクのN末端側の領域。中和抗体の標的にもなりますが、一部の感染増強抗体がくっつく場所でもあります。
ACE2:ヒト細胞側の受容体。ウイルスにとっての「鍵穴」です。
エピトープ:抗体が実際にくっつく、抗原上の細かい「番地」。同じドメインの中でも、番地が違えば働きはまったく違います。
中和抗体:ウイルスが細胞に入るのを妨げる抗体。
Fc領域/Fcγ受容体:抗体の根元がFc領域、それを受け止める側がFcγ受容体です。
LNP(脂質ナノ粒子):mRNAを細胞まで運ぶ運搬体。製品ごとに設計が異なります。
次は臨床試験の言葉です。この4つが分かると、企業の資料の読み方が変わります。
GMTは、抗体がどれくらい高いか。GMFRは、打つ前と後で何倍になったか。抗体応答率は、4倍以上に上がった人が何割いたか。ここまでは、抗体の話です。
4つ目が大事です。代替エンドポイント。
これは、本当に知りたいこと──発症するか、入院するか、亡くなるか──の代わりに測っている目安という意味です。抗体の値は、この代わりの目安にあたります。
そして今日いちばん誤解されやすい言葉が、非劣性です。
非劣性というのは、「あらかじめ決めた範囲を超えて劣ってはいない」という意味です。それ以上でも以下でもありません。
「同じ」ではありません。「優れている」でもありません。
そして今日出てくる試験は、ダイチロナ側もエムネクスパイク側も、全部この非劣性試験です。「勝った」ことを示した試験は、1本もありません。
もう一つだけ、後で必ず出てくる言い方を先に説明しておきます。「信頼区間が0をまたぐ」という表現です。
臨床試験の結果は、1つの数字では出ません。かならず「だいたいこのあたりから、このあたりまで」という幅が付きます。この幅が信頼区間です。
たとえば、あとで出てくる試験では「差は9.3%、幅はマイナス6.6%から22.8%」と書かれています。これは、本当のところは、6.6%劣っているかもしれないし、22.8%優れているかもしれない、という意味です。
この幅の中に、0、つまり「差がない」が入っている。これが「0をまたぐ」という言い方です。
差がないという可能性が残っている以上、「勝った」とは言えません。だから優越性は証明されていない、という結論になります。
逆に、幅の全体が0より上にあれば、そこで初めて「勝った」と言えます。
ですから今日の結論が歯切れ悪く聞こえたら、それは私の説明が悪いのではなくて、データがそういう形をしているからだと思ってください。

GMT(幾何平均抗体価):抗体の値が「どれくらい高いか」。
GMFR(幾何平均上昇倍率):接種前後で「何倍になったか」。
抗体応答率:接種前から4倍以上に上がった人の割合。「何割の人で上がったか」。
代替エンドポイント:接種前から4倍以上に上がった人の割合。「何割の人で上がったか」。
非劣性:「あらかじめ決めた許容範囲を超えて劣ってはいない」ことを統計的に確かめる枠組みです。
本日出てくる試験は、すべて非劣性試験です。優越性(勝ったこと)を検証した試験は1本もありません。
信頼区間(幅)と「0をまたぐ」
臨床試験の結果は、1つの数字ではなく「およそこの範囲」という幅とともに示されます。これが信頼区間です。
例:ある試験の差は9.3%、幅は-6.6%〜22.8%。これは「本当のところは6.6%劣っているかもしれないし、22.8%優れているかもしれない」という意味です。
この幅の中に0(差がない)が含まれている状態を、「信頼区間が0をまたぐ」と言います。差がない可能性が残るため、「勝った」とは言えません。幅の全体が0より上にあって、はじめて優越性が言えます。
ここから設計の話です。この第III部は、時間が押しても削りません。ここが分かっていないと、後半が全部ぼやけてしまうからです。
まず、意外に思われるかもしれない共通点から。
この2つのワクチンは、どちらもスパイクを丸ごとは使っていません。
コミナティとスパイクバックス、いままでのワクチンは、スパイクを全部コードしています。それに対して、エムネクスパイクは2つの部分に絞り、ダイチロナは1つに絞っている。
つまりこの2剤は、「全部は使わない」という同じ方向を向いていて、違いはどこまで削るかの程度なんです。
全長スパイク、NTDプラスRBD、RBDだけ。この順で絞り込みが強くなります。
この段階では、どちらが優れているかは何も言っていません。並べただけです。

両剤に共通する方針は「全長スパイクを使わない」ことです。違いは、どこまで削るかにあります。
従来型(コミナティ®/スパイクバックス®):全長スパイクをコード。提示されるエピトープが最も広い。
エムネクスパイク® :NTD+RBDに限定。NTDにある中和エピトープも使う(epitope breadth=抗原の幅を残す)。
ダイチロナ®:RBDのみ。NTDを含めず、免疫の反応をRBDに集中させる(immune focusing)。
絞り込みの度合いは、全長スパイク → NTD+RBD → RBD の順です。この段階では、どちらが優れているかは示していません。
なお図中のバーは模式で、実際のアミノ酸長や立体構造の縮尺ではありません。
もう少し具体的に見ます。
ダイチロナはRBDだけを使います。鍵の先端だけ、ということですね。NTDは含めません。免疫の反応をRBDに集中させる、という考え方です。
そしてもう一つ、第一三共の説明としてよく出てくるのが、「NTDを狙う一部の困った抗体を作らせない設計です」という言い方です。
ここは正確に言いますね。これは設計の考え方であって、「感染増強を避けられた」という結果を人で示したものではありません。この違いが、今日の後半で効いてきます。
一方エムネクスパイクは、NTDとRBDの2つを使います。NTDにも感染を防ぐ抗体の目印があるから、それも使おう、という発想です。スパイク全部は使いませんから、S2などは入っていません。
絞った結果、mRNAの量はスパイクバックスの5分の1、10マイクログラムで済んでいます。
ただし、NTDを残したことが人での優位性を意味するわけでもありません。
一言でいえば、第一三共は「余計なものを外す」、モデルナは「良いものは残す」。どちらが正しいかではなく、何を残して何を捨てるかという選択です。

ダイチロナ®(DS-5670/第一三共):RBDのみをコード
NTDを含めず、免疫の反応をRBDへ集中させます(immune focusing)。NTDを狙う一部の感染増強抗体を作らせない意図の設計とされます。
ただしこれは理論に基づく設計方針であって、「感染増強を避けられる」という臨床的な結果を示したものではありません。
エムネクスパイク®(mRNA-1283/モデルナ):NTD+RBDをコード
中和抗体の主な標的を含む2つの領域を選び、NTDにある中和エピトープも使います。全長スパイクはコードしません。領域を絞ったことで、mRNA量は10 μg(スパイクバックス®50 μgの1/5)です。
なお、NTDを残すことが臨床的な優位性を意味するわけでもありません。
第一三共は「余計なものを外す」、モデルナは「良いものは残す」。どちらが正しいかではなく、何を残し何を捨てるかのトレードオフです。
出典:ダイチロナ®筋注 電子添文(2025年8月改訂・第7版)/エムネクスパイク®筋注シリンジ12歳以上用 電子添文/Stewart-Jones GBE, et al. Sci Transl Med. 2023;15:eadf4100.
こちらが、いまの話を絵にしたスライドです。
左がダイチロナ。RBDが1つだけ。右がエムネクスパイク。NTDとRBDが2つ並んでいます。下に参考として、いままでのワクチンが使っている全長スパイクを置いてあります。
図を指しながら、3つだけ確認してください。
1つ、どちらも全長スパイクは使っていない。
2つ、1つの部品か、2つの部品かという差である。
3つ、これが大事なんですが、右の説明を見てください。NTDには「感染を防ぐ抗体の目印」も「困った抗体の目印」も、両方あると書いてあります。NTDには顔が2つあるんです。
一言でいうと、ダイチロナはより絞った設計、エムネクスパイクは少し幅を残した設計です。

前のスライドの内容を図にしたものです。左にダイチロナ®のRBD単独、右にエムネクスパイク®のNTDとRBD、下段に参考として全長スパイク三量体を配置しています。
読み取っていただきたいのは3点です。
一言でいえば、ダイチロナ®は「より絞った」設計、エムネクスパイク®は「ある程度幅を残す」設計です。図の脚注のとおり、RBD-onlyはすべての感染増強を避けられることを保証するものではありません。
次は、作られ方と見せ方です。ここも削りません。
上の段が部品の並びです。
ダイチロナは、RBDが1つ。それだけです。
エムネクスパイクは、NTD、つなぎの部品、RBD、またつなぎ、そして最後にHATMというものが付いています。このHATMは、インフルエンザのヘマグルチニンという部分から借りてきた、細胞の膜に留めておくための留め具です。
ここで一つ、患者さんからよく出る質問を先に潰しておきます。
「インフルエンザ由来」と聞くと、インフルエンザとの混合ワクチンだと思われることがあります。違います。使っているのは留め具の部分だけで、インフルエンザに対する免疫ができるわけではありません。窓口で聞かれたら、こう答えてください。
下の段、mRNAを運んで、細胞の中で作らせて、免疫に見せる。この流れ自体は共通です。
ただ、見せ方まで同じだとは説明しないでください。
エムネクスパイクは、留め具で細胞の膜に留めて見せる、と設計上はっきり書かれています。ダイチロナの添付文書には膜に留めるという記載はなく、「RBDが一時的に作られて、免疫の細胞に外から来たものとして認識される」というところまでの記載です。
運ぶ袋であるLNPも、別の設計です。

部品の並び(一次構造)
ダイチロナ®:N末端 − RBD − C末端。1つの部品だけで、つなぎも留め具もありません。
エムネクスパイク®:NTD −(7 aaのつなぎ)− RBD −(5 aaのつなぎ)− HATM。HATMはインフルエンザ・ヘマグルチニン由来の膜貫通ドメイン(23アミノ酸)で、抗原を細胞膜に留めて、外に出さずに提示します。
※「インフルエンザ由来」という言葉から、インフルエンザとの混合ワクチンと誤解されることがあります。使われているのは膜に留めるための部分だけで、インフルエンザに対する免疫を作るものではありません。
細胞の中での流れ(共通)
LNPがmRNAを運ぶ → 細胞内でmRNAが放出 → 翻訳されて抗原ができる → 免疫に提示される → 中和抗体と細胞性免疫が誘導される
ただし、提示のされ方を「同じもの」として説明しないでください。エムネクスパイク®はHATMによる膜係留が設計上明示されています。一方ダイチロナ®の電子添文に膜係留の記載はなく、「RBDが一過性に発現し、免疫細胞に外来抗原として認識される」までの記載です。LNPも別設計で、ダイチロナ®は第一三共独自のカチオン性脂質を用いています。
※ つなぎの長さ(7 aa/5 aa)とHATM(23 aa)は治験実施計画書の記載に基づきます。
こちらが、いまの説明の図です。
上の段は色分けを追ってください。ダイチロナはブロックが1つ、エムネクスパイクは4つ並んでいます。
下の段の流れは共通ですが、いちばん右の絵だけ違います。
ダイチロナは、RBDが作られて、一部が細胞の表面に出る。見せられる部分は限られています。
エムネクスパイクは、NTDとRBDがつながったものが作られて、留め具で膜に固定された状態で見せられる。見せられる部分は広い。
そして、見せられた抗原に対して、B細胞が抗体を作り、T細胞が別の形の免疫を担当します。
念のためですが、これは模式図です。実際の大きさや効率をそのまま表したものではありません。

上段が分子構造、下段が細胞内での提示の図です。
提示された抗原に対して、B細胞は抗体を、T細胞は細胞性免疫を担当します。LNPの組成も両剤で異なります。
図は模式で、実際の構造・アミノ酸長・提示効率を縮尺どおりに表したものではありません。
第III部のまとめです。
ダイチロナの理屈のうえでの利点は、RBDに集中できること、NTD由来の困った抗体を作らないこと。弱点は、幅がいちばん狭いこと。
エムネクスパイクの利点は、複数の目印を使えること。弱点は、困った抗体の可能性を理屈のうえで完全には消していないこと。
ここまではどちらも合理的で、そしてどちらもまだ理屈の話です。
そのうえで、誤解しやすい3点を先に潰しておきます。
1つ。NTDが入っている、イコール、困った抗体ができる、ではありません。NTDには良い目印もあります。
2つ。RBDだけにした、イコール、感染増強を避けられた、でもありません。作りにくい設計ではありますが、人でどうだったかは示されていません。
3つ。これは現場で必ず聞かれます。10マイクログラムと60マイクログラム、6倍も違うじゃないか、という話です。
これは強さの差ではありません。抗原の大きさも、見せ方も、運ぶ袋も違うので、マイクログラム同士を並べても意味がないんです。「量が多いから強い」「量が少ないから副反応が軽い」──どちらも、この数字からは言えません。

| ダイチロナ®(RBD-only) | エムネクスパイク®(NTD+RBD) | |
|---|---|---|
| 理屈のうえの利点 | 免疫をRBDに集中できる。NTD由来の望ましくない抗体を作らない | 複数の中和エピトープを使える。抗原の幅を残せる |
| 理屈のうえの弱点 | 抗原の幅がもっとも狭い | NTD由来の望ましくない抗体を理屈のうえで完全には除外しない |
ここまではどちらも合理的で、いずれも理論の話です。
誤解しやすい3点
ここから第IV部です。今日いちばん時間を使うところです。
まず、MRさんからよく聞く説明を、そのまま検証してみます。
「NTDに対する抗体の中には、感染を増やしてしまうものがあります。ダイチロナはRBDだけですから、その点で有利ではないでしょうか」
こういう説明ですね。これを3段に分けます。
1段目、事実。NTDのある部分にくっつく一部の抗体が、試験管の中で感染を増やした。これはCell誌に載った論文で、大阪大学の荒瀬先生たちの報告です。正しい。
2段目、設計の考え方。だからNTDを入れない、という設計には理屈が通っている。これも正しい。
3段目、結論。だからダイチロナの方が人で安全である。ここを支えるデータが、ありません。
強調しておきますが、MRさんの説明を否定する必要はまったくないんです。1段目と2段目は正確ですから。
私たちがやることは、どこまでが確かめられていて、どこからがまだ分からないかを分ける。それだけです。

第一三共のMRからしばしば聞かれる説明を、3段に分けて検証します。
① 事実
NTDの特定部位を認識する一部の抗体が、試験管内で感染性を増強した(Liu Y, et al. Cell 2021、大阪大学・荒瀬らの報告)。
→ 正しい
② 設計思想
だからNTDを抗原に含めない、というRBD-only設計には理論的な合理性がある。
→ 正しい
③ 結論
だからダイチロナの方が人で安全である。
→ 未証明(これを支える臨床データはありません)
MRの説明を否定する必要はありません。どこまでが証明されていて、どこからが未証明かを分ければ足ります。
言葉を整理します。
中和というのは、抗体がウイルスにくっついて、細胞に入るのを邪魔することです。鍵穴に鍵が入らないようにする、というイメージですね。
これに対して感染増強は、抗体があることで、かえって細胞に入りやすくなってしまう現象の大きなくくりの呼び方です。
ここが今日の要点なんですが、「感染が増える」というのは、実は一つの現象ではありません。
まず、機序がいちばん対照的な2つを見ます。
Aが古典的ADE。抗体の根元がマクロファージなどの受け皿にくっついて、ウイルスごと細胞の中に運び込まれてしまう。デング熱で知られている現象です。
Bが、今日の主役であるNTD構造変化型。こちらは受け皿を使いません。ウイルスの形を変えてしまう機序です。
名前は似ていますが、通っている道がまったく違います。次の2枚で1つずつ分解します。
そのうえで、正確に言っておくと、感染増強と呼ばれる現象は、この2つだけではありません。少なくとも4つあります。
1つめが、いまのAです。
2つめが、補体のC1qというものを介する道。これは日本のグループの報告です。あとで触れます。
3つめが、いまのB。
そして4つめ。これは前の3つと種類が違います。感染そのものは増えないんだけれど、免疫の反応の仕方が悪くて肺が悪くなる。昔のRSVの不活化ワクチンや麻疹ワクチンで問題になったタイプです。
つまり、1から3は「ウイルスが増える」話、4は「炎症が悪くなる」話です。
ADEの議論が噛み合わないときは、たいてい、この4つのどれの話をしているかがずれています。

中和
抗体がウイルスの表面にくっついて、細胞への侵入を妨げること。SARS-CoV-2では、RBDとACE2の結合を邪魔するのが代表的な仕組みです。
感染増強
ある条件のもとで、抗体があることによって、かえってウイルスが細胞に入りやすくなる現象。大きなくくりの呼び方であり、仕組みは一つではありません。
まず、機序が対照的な2つを扱います。
なお、感染増強と呼ばれる現象は少なくとも4種類あります。
議論の際は、まずどれを指しているかを特定します。
出典:Liu Y, et al. Cell. 2021. PMID 34139176/Okuya K, et al. Microbiol Spectr. 2022;10(2):e01553-21. PMID 35319248/Maemura T, et al. mBio. 2021. DOI 10.1128/mBio.01987-21/Arvin AM, et al. Nature. 2020;584:353-363. DOI 10.1038/s41586-020-2538-8.
まずAの古典的ADEです。
流れは4段階。ウイルスに抗体がくっつく。その抗体の根元が、マクロファージなど免疫細胞の受け皿にくっつく。そのまま細胞の中に取り込まれる。そして中でウイルスが増える。
イメージとしては、抗体が盾ではなくて、ウイルスを細胞の中に運ぶ乗車券のように働いてしまう、ということです。
必要なのは抗体の根元、Fc領域です。ということは裏返して、根元がくっつきにくいように作れば避けられる道でもあります。
代表例はデング熱です。
ここで、「なぜデング熱の話が出てくるのか」を説明しておきます。ここを知らないと、あとの話がぴんと来ないと思います。
デング熱のウイルスには、型が4つあります。1回目にある型に感染すると、その型に対しては強い免疫ができますが、ほかの型に対しては中途半端な抗体しかできません。
その状態で、2回目に別の型に感染するとどうなるか。この中途半端な抗体がウイルスにくっついて、しかしウイルスを止めきれない。そして抗体の根元が免疫細胞の受け皿につかまり、ウイルスごと細胞の中に運び込まれてしまう。
デング熱のウイルスは、もともとその免疫細胞──単球やマクロファージ──で増えるウイルスです。ですから、運び込まれることが、そのまま増殖につながります。
結果として、2回目の感染の方が重くなる。これが、デング出血熱です。「抗体があると、かえって悪くなることがある」という現象が、人ではっきり示された最初の例なんです。
そして、もう一段あります。ワクチンでも実際に起きました。
デング熱のワクチンが作られたとき、それまでデングにかかったことのないお子さんに接種すると、あとで感染したときにかえって重症化しやすいことが分かりました。2018年に、WHOは「接種前に感染歴を確認する」という方向に勧告を変えています。
つまりADEという言葉には、理屈の話ではなく、ワクチンで実際に被害が出た記憶がくっついているんです。だからコロナのワクチンでも、最初から強く警戒されました。
ここまで分かったうえで、コロナとの違いを見てください。
デングは、受け皿を持つ免疫細胞そのものが増える場所でした。コロナが主に感染するのは気道の細胞で、受け皿を持つ免疫細胞ではありません。ここが、話が同じにならない大きな理由の一つです。
そしてもう一つ、よく一緒に語られるのが、1960年代のRSVワクチンです。これも背景を説明しておきます。
RSウイルスは、乳幼児の細気管支炎を起こすウイルスですね。1960年代に、ウイルスをホルマリンで殺して作ったワクチンが、子どもたちに試験接種されました。
ところが、その子たちがあとから自然にRSウイルスに感染したとき、接種を受けていない子より、はるかに重くなってしまったんです。多くが入院し、亡くなったお子さんもいました。
原因は、いまではこう考えられています。ホルマリンで処理したことで抗原の形が変わってしまい、ウイルスにくっつくけれど中和できない抗体ばかりができた。その抗体とウイルスがかたまりを作って肺に沈着し、免疫の反応も好ましくない方向に偏って、肺の炎症が強く出た。
ここが大事なところです。このとき増えたのは、ウイルスの量ではありません。炎症です。
デングのADEは「ウイルスが細胞に運び込まれて増える」話。RSVは「増えるというより、免疫の反応で肺が荒れる」話。別のものです。
ですからこの2つを同列に並べないでください。並べてしまうと、仕組みの違いが消えて、話だけが怖くなります。
なお、この出来事のあと、RSVのワクチン開発は数十年止まりました。抗原の形を保つ技術ができて、ようやく実用化されたという経緯があります。
もう一つ、この古典的ADEには昔から反論もあります。
受け皿を持っているのは主に免疫細胞で、コロナウイルスが本来感染する相手ではない。だから臨床的な意味は薄いのではないか、という指摘です。実際、マクロファージで感染は増えたけれど、炎症のもとになる物質は増えなかった、という報告もあります。
ただし、この反論が当てはまらない道もあります。さっき触れた補体C1qの道です。C1qは血液の中にたっぷりあって、その受け皿は呼吸器の上皮にも広くあります。「免疫細胞にしかないから」という理由では、こちらは否定できません。
ひとまとめに「ADE」と言わない方がよい理由が、ここにもあります。

必要なのはFc領域です。したがって「Fcγ受容体にくっつきにくくする」設計で避けうる道です。
代表例はデング熱です。
なぜデング熱が引き合いに出されるのかを説明します。
デングウイルスには4つの型があります。1回目の感染ではその型に強い免疫ができますが、他の型に対しては中途半端な抗体しかできません。その状態で別の型に2回目の感染をすると、中途半端な抗体がウイルスにくっつき、止めきれないまま、抗体の根元を介して免疫細胞(単球・マクロファージ)に運び込まれます。デングウイルスはもともとこれらの細胞で増えるため、運び込まれることがそのまま増殖につながります。結果として2回目の感染の方が重くなることがあり、これがデング出血熱です。抗体がかえって病気を重くしうることを、人ではっきり示した最初の例です。
さらに、ワクチンでも実際に問題が起きました。デング熱ワクチンでは、それまで感染したことのない小児に接種すると、その後の感染時に重症化リスクが上がることが判明し、2018年にWHOは接種前に感染歴を確認する方向へ勧告を変更しました。
したがってADEという言葉には、理論上の懸念ではなく、ワクチンで実害が生じた前例がついて回ります。COVID-19ワクチンでも当初から強く警戒されたのは、このためです。
一方で違いもあります。デングは受容体を持つ免疫細胞そのものが増殖の場でしたが、SARS-CoV-2が主に感染するのは気道上皮であり、Fcγ受容体を持つ免疫細胞ではありません。
RSウイルスの例を同列に並べないでください。
1960年代、RSウイルスをホルマリンで不活化したワクチンが小児に試験接種されました。接種を受けた子どもたちがその後に自然感染したところ、未接種児より重症化し、多くが入院し、死亡例も出ました。
原因は、ホルマリン処理で抗原の構造が変化し、ウイルスに結合するが中和できない抗体が主に誘導されたことにあると考えられています。抗体とウイルスが免疫複合体を作って肺に沈着し、補体が活性化され、Th2に偏った反応が加わって、肺の炎症が強く出ました。
ここで増えたのはウイルス量ではなく、炎症です。 デングの古典的ADE(ウイルスが細胞へ運び込まれて増える)とは別のカテゴリーであり、スライド15で挙げた4分類の④にあたります。同列に並べると、仕組みの違いが失われます。
なお、この事例の後、RSVワクチンの開発は数十年停滞しました。抗原の立体構造を保つ技術が確立して、ようやく実用化に至っています。
なお、この道には従来から反論があります。Fcγ受容体は主に免疫細胞にあり、SARS-CoV-2が本来感染する細胞ではない、という指摘です。実際、マクロファージで感染は増えたが炎症性サイトカインの過剰産生は伴わなかったという報告もあります(Maemura T, et al. mBio. 2021)。
ただしこの反論は、補体C1qを介する道には当てはまりません。C1qは血漿中に高い濃度で存在し、その受容体は呼吸器上皮を含む多くの細胞に広く発現しているためです(Okuya K, et al. Microbiol Spectr. 2022. PMID 35319248)。
次がB、NTD構造変化型です。今日の主役です。
こちらも4段階。
まずNTDのある場所に抗体がくっつく。次に、抗体が両手を持っていて、隣り合うスパイクのNTD同士を橋渡ししてしまう。
すると、NTDとRBDの間の押さえが外れて、RBDが「開いた」状態になりやすくなる。その結果、鍵穴であるACE2にくっつきやすくなって、試験管の中では感染性が上がる。
閉じた鍵はうまく入らないけれど、開いた鍵は入りやすい。つまり抗体が、ウイルスの鍵を、鍵穴に差し込みやすい形に起こしてしまうわけです。
ここが決定的なポイントです。この道には、抗体の根元は要りません。
ですから、根元をいじって避けるという工夫では、こちらは防げないんです。ADEだから根元を変えれば済む、という話ではありません。
補足を一つ。「両手で橋渡ししないと起きない」という性質は、実は受け皿を介する道でも同じように報告されています。抗体が1本くっつくだけでは起きなくて、複合体を作ることが条件になる。道は違っても、そこは共通しています。

閉じた状態のRBDはACE2にくっつきにくく、開いた状態はくっつきやすい。抗体が「ウイルスの鍵を、鍵穴に入りやすい形に起こしてしまう」仕組みです。
この道にFc領域は要りません。ここが古典的ADEとの決定的な違いで、「Fcγ受容体にくっつきにくくする」設計では避けられません。
なお、二価で複合体を作ることが必須という点は、FcγRIIBを介する増強でも同様に報告されています(Wang S, et al. Commun Biol. 2022)。道は違っても、複合体の形成が鍵になる点は共通します。
出典:Liu Y, et al. Cell. 2021;184(13):3452-3466.
AとBを並べます。
受け皿は、Aでは必須、Bでは要らない。
抗体の役割は、Aでは運び込む、Bでは開きやすくする。
効いている部分は、Aでは根元、Bでは先端側。
代表例はデング熱と、Liuさんたちの報告した一部のNTD抗体。
そして、避け方の方向が違います。Aは根元をいじれば対処しうるけれど、Bはそれでは対処できない。
共通点は一つだけです。結果として「感染が増えたように見える」こと。
試験管の中の数字だけを見ていると、どちらも同じに見えてしまう。だから混同が起きます。
仕組みが違えば、対策も、評価の仕方も変わる。ここを分けられるかどうかが、この議論のレベルを決めます。

| A. 古典的ADE | B. NTD構造変化型 | |
|---|---|---|
| Fcγ受容体 | 依存する(必須) | 依存しない(不要) |
| 抗体の役割 | ウイルスを細胞内へ「運び込む」 | ウイルス側の構造を「開きやすくする」 |
| 鍵になる部分 | 抗体のFc領域 | 抗体の可変部(NTDへの二価結合) |
| 代表例・報告 | デング熱 | Liuら(2021)の一部NTD抗体 |
| 避け方の方向 | Fcγ受容体結合を弱める設計で対処しうる | Fcの改変では対処できない |
共通点は、結果として「感染が増えたように見える」ことです。試験管の指標だけを見れば、どちらも同じ現象に見えてしまいます。
違いは、古典的ADEが「運び込む」(Fcが必要)のに対し、NTD構造変化型は「開きやすくする」(Fcは不要)ことです。仕組みが違う以上、対策も評価の考え方も異なります。
なお、この2つに加えて、補体C1q依存性の道(感染が増える)と、免疫複合体・Th2型のenhanced respiratory disease(感染は増えないが炎症が悪化する)があります。4つの全体像はスライド15の解説を参照してください。
出典:Liu Y, et al. Cell. 2021;184(13):3452-3466/Li D, et al. Cell. 2021;184(16):4203-4219.
こちらが、いまの内容を1枚にまとめた図です。
左が古典的ADE、右がNTD構造変化型。上半分は、いま説明した機序の絵なので飛ばします。
見ていただきたいのは下半分です。
細胞に入りやすくなった。体の中のウイルスが増えた。COVID-19が重症になった。
この3つは、イコールで結べません。
しかも、1、2、3と順番に進むとも限らないんです。1で増えたように見えても、2や3が増えるとは限らない。
右下のサルの絵のところに、あとで詳しく扱う研究の読み方が書いてあります。動物では完全に安全だった、ではありません。多くは守られたけれど、一部では炎症が強く出た。これが正確な読み方です。

左に古典的ADE、右にNTD構造変化型を並べた図です。左は抗体がウイルスにくっつき、Fc領域が受容体にくっついて細胞内に取り込まれる4段階、右は抗体がNTDにくっつき、スパイクの形が変わってRBDが開き、ACE2にくっつきやすくなる流れです。
下段には、混同を避けるための3段階が示されています。① 細胞への侵入が増えた(試験管の一部条件)、② 体の中のウイルス量が増えた(動物・人)、③ COVID-19が重症化した(臨床)。この3つは等号で結べません。①→②→③と単純に進むわけでもありません。
Liらのサル研究の読み方も併記されています。試験管内では一部のNTD抗体で感染増強が見られましたが、サル46頭に抗体を投与した研究ではウイルスの増殖は全体として抑えられました。ただし46頭中3頭で肺の炎症スコアが高く、炎症性サイトカインの上昇が見られました。したがって「動物では完全に安全だった」ではなく、「多くは守られたが、一部は炎症が強かった」と理解します。
こちらは、同じ対比を文章主体で整理した図です。
あとから配布資料として読み返すときは、こちらの方が追いやすいと思います。
左下に、RSVの例を同列に並べないという注意書き。右下に、Fc領域が要らない点が決定的な違いだと書いてあります。
最下段の3行だけ、声に出して確認しておきます。
共通点は、感染が増えたように見えること。違いは、運び込むか、開きやすくするか。結論は、仕組みが違うので対策も評価も変わる。
以上です。

前ページと同じ対比を、文章主体で整理した図です。
左に古典的ADEの4段階(ウイルスへの結合 → Fc領域が受容体に結合 → 取り込み → 細胞内増殖)、右にNTD構造変化型の4段階(NTDへの結合 → 二価抗体による橋渡し → RBDが開く → 試験管内で感染性が増加)が並びます。
左下には、RSVの事例を古典的ADEと同列に並べないという注意書き。右下には、Fc領域を必要としない点が決定的な違いであり、Fcγ受容体結合を弱める設計では避けられない旨が明記されています。
まとめは3行です。共通点は「感染が増えたように見える」こと。違いは「運び込む」か「開きやすくする」か。結論は、仕組みが違うため対策も評価の考え方も異なるということです。
ここで、院内での言葉づかいを一つ決めておきたいと思います。
「NTDのADE抗体」という言い方は、使わないでください。
この言い方をすると、聞いた人はデング熱を思い浮かべます。さきほどお話ししたとおり、デングでは抗体が原因で2回目の感染が重くなり、ワクチンでも実際に問題が起きました。ADEという言葉には、その記憶がついています。
ところがコロナのNTDの話は、仕組みがまったく違います。受け皿を使いませんし、人で悪化したという確認もありません。それなのに同じ名前で呼ぶと、仕組みは違うのに、怖さだけがそのまま引き継がれてしまうんです。
代わりに「感染増強抗体」と呼びます。研修医にも、看護師さんにも、事務スタッフにも、誤解が残りにくい言葉です。
言葉の選び方が、患者さんの不安の大きさを決めます。これも臨床の技術の一つだと思っています。
そして、今日いちばん大事な一行です。
試験管の中で感染が増えたことと、生きている体の中で病気が悪くなることは、別の話です。

通っている道が違います。古典的ADEは「抗体のFc領域 → Fcγ受容体 → 細胞への取り込み」。一部のNTD抗体は「NTDへの結合 → スパイクの構造変化 → RBDが開く → ACE2結合の増加」です。
したがって院内では「NTDのADE抗体」という表現を使いません。デング熱では抗体が原因で2回目の感染が重症化し、ワクチンでも実害が生じた前例があります(スライド16の解説を参照)。ADEという語にはその記憶が伴うため、仕組みの異なるNTDの現象に同じ名前を使うと、仕組みの違いは伝わらないまま、怖さだけが引き継がれます。 代わりに「感染増強抗体」を使います。
言葉の選び方が、患者さんの不安の大きさを変えます。
そして本資料の中心となる一行がここにあります。試験管の中で感染が増えたことと、生きた体の中で病気が悪化することは、別の話です。
この図は、いまの一行を絵にしたものです。
左のAが試験管の世界。培養した細胞にウイルスを感染させて、抗体を入れて、どれだけ入ったかを測る。見ているのは「ウイルスが細胞に入るかどうか」という、ごく一部の場面だけです。
右のBが生きている体の中。中和抗体だけでなく、貪食、NK細胞、補体、T細胞が同時に働きます。結果は、この全体の合計で決まります。
下の段が、さっきの3段階です。
そして右下の「覚えておきたいこと」。ここが今日の技術的な結論です。
感染増強が見られた、イコール危険とは限らない。大事なのは、動物と人でのウイルス量、炎症、重症化。理屈や試験管の結果だけで安全性を決めつけない。人のデータを基準に評価する。
この4行は、コロナに限らず、これから出てくる新しい薬にもそのまま使える読み方だと思います。

図は3部構成です。
A. 試験管の世界
培養細胞にウイルスを感染させ、抗体を加え、入った量を測る。一部のNTD抗体で「感染性の増加」が観察されます。見ているのは「ウイルスが細胞に入るかどうか」という、ごく一部の場面だけです。
B. 生きた体の中
中和抗体だけでなく、Fc機能、貪食、NK細胞、補体、T細胞が同時に働きます。結果は免疫全体の合計で決まります。
C. 3つのレベル
①細胞への侵入 ②体の中のウイルス量 ③臨床的な重症化。この3つは別のものです。
覚えておきたいことは4点です。「感染増強が見られた」=「危険」とは限らない。最終的に重要なのは、動物・人でのウイルス量、炎症、重症化リスク。理論や単一の試験管の結果だけで安全性を断定しない。人のデータを基準に評価する。
文章でもう一度確認します。同じ抗体、同じウイルスでも、見ている世界が違えば、結果は一致しません。
試験管の中では、培養した細胞に、ウイルスと抗体を入れて、入った量を測る。免疫の全体は再現できませんし、結果は使った細胞の種類、ウイルスの株、抗体の濃度で大きく変わります。
生きた体の中では、中和抗体が侵入を止めるだけでなく、マクロファージが食べ、NK細胞が感染した細胞を片づけ、補体が働き、T細胞も動きます。
ですから、ある抗体が一つの細胞で侵入を増やしたとしても、体全体ではウイルスを排除する働きの方が勝つことがあり得ます。
ここで、このあと何度も出てくる「疑似ウイルス」という言葉を説明しておきます。
本物の新型コロナウイルスを扱うには、厳重な設備がいります。危険ですし、扱える施設も限られます。
そこで、別の無害なウイルスの骨組みに、コロナのスパイクだけを貼り付けた粒子を作ります。見た目はコロナ、中身は別物。しかも、細胞に入ったら光る仕組みを仕込んでおくんです。そうすると、どれだけ細胞に入ったかを、光の量で測れる。
これが疑似ウイルスです。安全ですし、たくさんの抗体を一度に調べられるので、非常によく使われます。
ただし限界もはっきりしています。
見ているのは「入ったかどうか」だけで、そこから増えるかどうかは見ていません。表面のスパイクの数や並び方も、本物とは違います。使う細胞も、実験用に手を加えたものが多い。
ですから、疑似ウイルスで感染が増えたからといって、本物のウイルスが人の気道で増えるとは限らないんです。このあと出てくる研究でも、まさにそこが問題になります。
誤解しないでいただきたいのは、試験管の実験を軽く見ているのではない、ということです。
試験管の実験は、仕組みを見つけるための強力な道具です。ただ、人でどうなるかを決める道具ではない。役割が違うだけです。

同じ抗体・同じウイルスでも、結果が一致するとは限りません。
試験管内(in vitro)
培養細胞にウイルスを加え、抗体を入れ、入った量を測ります。免疫全体は再現できず、結果は細胞の種類・ウイルス株・抗体濃度で大きく変わります。
生きた体の中(in vivo)
中和抗体による侵入阻止に加え、Fc機能、マクロファージの食作用、NK細胞、補体、T細胞が同時に働きます。ある抗体が一つの細胞で侵入を増やしても、全身ではウイルスを排除する働きが上回りうる、ということです。
疑似ウイルスとは何か
本物のSARS-CoV-2は取り扱いに厳重な設備を要します。そこで、別の無害なウイルスの骨格にコロナのスパイクだけを載せた粒子を作り、細胞に入ると発光する仕組みを組み込んで、入った量を光の強さで測る方法が広く使われます。これが疑似ウイルスです。安全で、多数の抗体を効率よく調べられます。
限界も明確です。見ているのは「細胞に入ったかどうか」までで、その後の増殖は見ていません。粒子表面のスパイクの数や並びも本物とは異なり、使う細胞も実験用に手を加えたものが多くあります。疑似ウイルスで増強が観察されても、本物のウイルスが人の気道で増えることを意味しません。
試験管の実験は「仕組みを見つける」ための強力な道具です。しかし「人でどうなるか」を決める道具ではありません。役割が違います。
こちらも同じ主題の図です。左に試験管の限界、右に体の中で働く6つの仕組みが並んでいます。
下の3つのレベルは繰り返しになりますが、ここだけは飛ばさずに読み上げます。
細胞に入りやすくなった。体の中のウイルスが増えた。COVID-19が重症になった。この3つはイコールではありません。
そして最下段。ここに、あとで扱う研究の原著の記載が、そのまま書いてあります。
サルとマウスに抗体を投与した実験では、ウイルスの増殖は抑えられた。ただし46頭中3頭で肺の炎症スコアが高く、うち1頭では肺のむくみと炎症性サイトカインの上昇があった。
この「3頭」を落とさないことが大事です。次のスライドで詳しく扱います。

左に試験管の限界、右に生きた体の中で働く6つの免疫機能(中和抗体・Fc機能・食作用・NK細胞・補体・T細胞)が並びます。
下段では、①細胞への侵入が増えた、②体の中のウイルス量が増えた、③COVID-19が重症化した、の3つが「≠」で結ばれています。
最下段はLiらの原著の記載に忠実です。試験管内ではFcγ受容体に依存するRBD抗体と、依存しないNTD抗体の双方で感染増強が見られました。しかしカニクイザル(各群5頭)およびマウスに抗体を投与した実験では、いずれの抗体でもウイルスの増殖は抑えられました。一方で、増強抗体を投与されたサル46頭のうち3頭で対照より肺の炎症スコアが高く、そのうち1頭では肺胞浮腫と気管支肺胞洗浄液中の炎症性サイトカイン上昇が見られました。
したがって「動物で完全に安全だった」でも「動物で増強が証明された」でもなく、多くは守られたが、まれに肺の炎症が強く出たと読むのが正確です。
今日いちばん持ち帰っていただきたい図です。
今日いちばん持ち帰っていただきたい図です。
1つめ。細胞に入りやすくなった。これは培養細胞を使った、試験管の中の一部の条件で見られる現象です。ごく一部の場面の話。
2つめ。体の中のウイルスが増えた。動物や人での話で、免疫全体が働いた結果です。試験管の結果と一致しないことの方が、むしろ多い。
3つめ。COVID-19が重症になった。肺炎の悪化、入院、亡くなること。実際の患者さんに起きることです。
そして、必ずしも1、2、3と順番に進むわけではありません。1で増えたように見えても、2や3が増えるとは限らない。
企業の資料でも、報道でも、この3つはひと続きに語られがちです。
「試験管で感染が増えた」という話が、いつのまにか「危ないワクチン」という話になっている。逆に、「動物で守られた」が「だから完全に安全」に変わっていることもあります。
どちらも同じ間違いです。私たちは、分けて読む必要があります。

①細胞への侵入が増えた
培試験管の一部の条件で見られる現象です。培養細胞・疑似ウイルスを用いた系で、細胞への取り込みが増えたように見えます。
→ ごく一部の場面の話
≠
②体の中のウイルス量が増えた
動物・人での話で、免疫全体の働きを含めた結果です。試験管の結果と一致しないことが多くあります。
→ 別のレベルの現象
≠
③COVID-19が重症化した
肺炎の悪化・入院・重症化・死亡といった、実際の患者さんに起きることです。
→ さらに別のレベルの現象
必ずしも①→②→③と単純に進むわけではありません。�@で増えたように見えても、�Aや�Bが増えるとは限りません。
企業資料でも報道でも、この3つはひと続きに語られがちです。医療者は分けて読む必要があります。
では、その研究を都合よく丸めずに読んでみます。
試験管の中では、受け皿に依存するRBD抗体と、依存しないNTD抗体の、両方で感染増強が見られました。RBD抗体でも起きている、というのは覚えておいてください。
ところが動物に投与すると、サルでもマウスでも、ウイルスの増殖は全体として抑えられました。
ここだけ見ると、今度は「なんだ、試験管の話じゃないか」と言いたくなります。でも、それも言い過ぎなんです。
増強抗体を投与されたサル、のべ46頭のうち3頭で、対照より肺の炎症スコアが高かった。そのうち1頭では、肺のむくみと、洗浄液の中の炎症性サイトカインの上昇がありました。
ですから、正確な読み方はこうなります。
多くは守られた。しかし、まれに肺の炎症が強く出た。
「完全に安全だった」でもないし、「増強が証明された」でもない。
私はこの3頭を落とさないことにこだわっています。理由は2つです。1つは、単純に事実だから。もう1つは、都合の悪いところを消した資料は、あとで誰かに反論されたときに守れないからです。
もう一点だけ大事なことがあります。
この実験でサルが受けたのは、特定の抗体を1種類だけ、大量に注射するという方法です。ワクチンを打ったときに体の中で起きることとは違います。
ワクチンでは、いろいろな場所にくっつく抗体がたくさんでき、その中では中和抗体が量として優勢になります。T細胞も補体も同時に働きます。
ですから、「46頭中3頭だから、ワクチンを打つと6.5%で肺炎が悪化する」というような計算は、絶対にできません。
かといって「特殊な実験だから無視していい」とも言いません。気をつけるべきシグナルとして受け止めたうえで、実際の意味は人のデータで判断する。 これが一番正確な扱い方だと思います。

試験管内では
Fcγ受容体に依存するRBD抗体と、依存しないNTD抗体の双方で感染増強が見られました。
しかし生きた体の中では
カニクイザル(各群5頭)およびマウスに抗体を投与した実験で、いずれの抗体でもウイルスの増殖は抑えられました。
一方で
増強抗体を投与されたサルのべ46頭のうち3頭で、対照より肺の炎症スコアが高く、そのうち1頭では肺胞浮腫と気管支肺胞洗浄液中の炎症性サイトカイン上昇が見られました。
したがって正確な読み方は、多くは守られた。しかし、まれに肺の炎症が強く出た。となります。「完全に安全だった」でも「増強が証明された」でもありません。
受動免疫実験とワクチン接種を同じものとして扱わないでください。
この研究は、特定のモノクローナル抗体1種類を大量に投与する実験です。ワクチン接種では、多くの場所を狙う抗体がまとめて作られ、中和抗体が量として優勢になり、さらにT細胞・Fc機能・補体・自然免疫が同時に働きます。
したがって「46頭中3頭」を「ワクチンを打つと約6.5%で肺炎が悪化する」と換算することはできません。一方で「特殊な実験だから無視してよい」でもありません。気をつけるべきシグナルとして認識し、その臨床的な意味はワクチン試験と市販後のデータで評価する、というのが正確な扱い方です。
出典:Li D, et al. Cell. 2021;184(16):4203-4219.
第IV部のまとめです。結局、NTDは危険なのか。
3つのレベルを横に並べています。ここまで説明したとおり、この3つはイコールで結べません。
3つめの枠を見てください。
NTDを含むエムネクスパイクで、人ではっきりした増強のシグナルは、報告されていません。
つまり、実際に人に接種して、コロナが悪化したという所見は、今のところ出ていないということです。
そして黄色い帯が、この部の結論です。
試験管で見つかった感染増強は無視しない。しかし、それだけで「NTDを含むワクチンは危険」とは言えない。最終的な判断は、人での有効性、安全性、重症化のデータで行う。
この一文が、今日の資料全体の背骨です。

3つのレベルを横に並べ、「≠」で結んだ図です。
① 細胞への侵入が増えた(試験管の一部条件)② 体の中のウイルス量が増えた(免疫全体が働く。Liらではウイルスの増殖は全体として抑制)③ COVID-19が重症化した(最終的に見るべき臨床アウトカム。①や②から自動的に決まるものではなく、mRNA-1283で明確な臨床的増強シグナルは報告されていない)
図中の緑帯は、Liらの結果を丸めずに要約しています。試験管内で感染増強を示した抗体でも、サルではウイルスの増殖は全体として抑えられました。ただし46頭中3頭で肺の炎症スコアが上がっており、「完全に問題なし」とも言いません。
結論:NTDの試験管内感染増強は無視しない。しかし、それだけで「NTDを含むワクチンは危険」とは言えない。最終判断は、人での有効性・安全性・重症化のデータで行う。
根拠:Li D, et al. Cell. 2021. PMID 34242577/Connor RI, Sakharkar M, et al. Pathogens and Immunity. 2024. PMID 38933606.
第V部です。ここまでを踏まえて、「ではNTDを外せば安全なのか」を考えます。
まず、そもそもNTDは悪い場所なのか。
NTDにくっつく抗体が、全部感染を増やすわけではありません。
Suryadevaraさんたちの報告を見ます。コロナから回復した方から取った抗体のうち、NTDのいろいろな場所にくっつくものを集めました。たしかに、感染を防ぐ力を持つものは少数派でした。
でも、そのうち2つは、実際のウイルスの感染を止めました。しかも、ウイルスが細胞にくっついた後の段階を邪魔するという方法で、マウスを守っています。
つまり、同じNTDの中に、守ってくれる抗体がくっつく場所と、困った抗体がくっつく場所が、両方あるんです。
さっきの比喩をもう一度使います。ドメインは地域、エピトープは番地。「東京都に住んでいます」だけでは、その人がどんな人かは分からない。
そして、この「番地」の地図は、実はもう作られています。
McCallumさんたちは、NTDにくっつく抗体を41種類集めて、NTDの地図を作りました。
分かったことが2つあります。
1つは、NTD抗体の中にも、とても強力に感染を止めるものがあること。ハムスターの実験では、感染を防ぐところまで示しています。
もう1つが重要です。感染を止める力を持つ抗体は、ほぼ全部が同じ一箇所にくっついていました。著者たちはそこを「スーパーサイト」と呼んでいます。NTDの中の一等地、という感じですね。そして、感染を増やす抗体は、この一等地とは別の面にくっつきます。
ですから、「NTDにくっつく抗体」という言い方は、地域名しか言っていないことになります。
ただし、ここには設計上の悩みもあります。
この一等地には、変異株で変異や欠けが集中するんです。つまり、の良い目印は、株が変わると失われやすい。
ということは、NTDを残す利点も、株によっては目減りします。逆に言えば、NTDを外すダイチロナの不利も、株によっては小さくなる。
ここは、モデルナ側にもダイチロナ側にも、公平に効いてくる話です。

NTDにくっつく抗体が、すべて感染を増やすわけではありません。
Suryadevaraら(Cell 2021)
回復者から得たヒト抗体のうち、NTDのさまざまな場所にくっつくものを集めました。中和活性を持つものは少数派でしたが、そのうち2つは実際のSARS-CoV-2の感染を阻害しました。ウイルスが細胞にくっついた後の段階を邪魔する仕組みで中和し、マウスモデルで感染を防ぎました。
McCallumら(Cell 2021)
NTDにくっつくヒト抗体41種類を解析し、NTDの「地図」を作成しました。一部は極めて強力に中和し、ハムスターを守りました。そして中和活性を持つ抗体は、ほぼすべてが同じ一箇所にくっついていました。著者らはこれをNTDのスーパーサイト(site i)と呼んでいます。Liuらが報告した感染増強抗体は、この一等地とは別の面にくっつきます。
つまり、ドメイン=地域、スーパーサイト=中和抗体が集まる一等地、増強エピトープ=別の番地という関係です。「NTDにくっつく抗体」という言い方は、地域名しか言っていません。
ただし設計上のジレンマもあります。NTDのスーパーサイトには、変異株で変異・欠失が集中します。NTDの中和エピトープは、RBDのそれより変異で失われやすい面があるということです。したがってNTDを残す利点は流行株によって目減りしうるし、逆にNTDを外す不利益も株によっては小さくなります。
ここで両社は違う答えを選びました。第一三共は「RBDが中和の中心だからそこへ絞る」、モデルナは「NTDにも良い目印があるから残して使う」。どちらが正しいかではなく、何を残し何を捨てるかの選択です。
出典:Suryadevara N, et al. Cell. 2021;184(9):2316-2331.e15. PMID 33773105/McCallum M, et al. Cell. 2021;184(9):2332-2347.e16. PMID 33761326.
では、RBDだけにすれば感染増強を避けられるのか。
ここは、ダイチロナ側にも少し厳しく見ます。
ここは、ダイチロナ側にも少し厳しく見ます。
でも、「だから感染増強という問題そのものをなくせる」まで言うと、強すぎます。
理由を2つ挙げます。
1つめ。RBDにくっつく抗体でも、条件によっては感染を増やす現象が報告されています。さっきのLiさんたちの研究でも、RBD抗体で起きていました。
2つめ。Connorさんたちが、1,213種類の抗体を調べています。感染を増やしたのは72種類、率にすると5.9%。そのうちNTDにくっついていたのは68%でした。
ここまでだけ聞くと、NTDが悪者に見えます。でも裏を返すと、残りの約3割はNTD以外にくっついていた、ということになります。
しかも、その先があります。疑似ウイルスの系で見えた増強が、呼吸器や腸の上皮の細胞でははっきり再現されませんでした。変異株では弱くなったり、消えたりすることもあった。
つまり、抗体、ウイルスの株、使う細胞、実験の条件。この掛け算で結果が変わってしまう。
ですから、大事なのは「NTDかRBDか」ではなく、どの番地に、どんな抗体が、どれくらいの濃さでくっつくかです。
RBD-onlyは、「NTD由来の困った抗体を作らない」設計です。「感染増強という現象を消す」設計ではありません。この区別は、MRさんと話すときにも使えます。

合理的な発想ですが、「NTDを外す」ことと「感染増強を完全になくす」ことは同じではありません。
Connorら(Pathogens and Immunity 2024)
1,213種類の抗体を検討し、疑似ウイルス系では72種類(5.9%)が感染増強を示し、その68%がNTDを認識していました。裏を返せば、残る約3割はNTD以外を認識していたことになります。
さらに、疑似ウイルス系で見えた増強は呼吸器上皮・腸管上皮の細胞でははっきり再現されず、変異株では弱まったり消えたりする場合がありました。つまり、抗体 x ウイルス株 x 標的細胞 x 実験条件で結果が変わります。
また、増強はNTD特有の現象でもありません。Liらの研究では、一部のRBD中和抗体にも試験管内でFcγ受容体依存性の感染増強が見られています。
重要なのは、ドメインよりエピトープ(番地)です。「NTD=危険、RBD=安全」という二分法は成立しません。RBD-onlyは「NTD由来の増強抗体を作らない」設計であって、「感染増強という現象を消す」設計ではありません。
出典:Connor RI, Sakharkar M, Rappazzo CG, et al. Pathogens and Immunity. 2024;9(2):1-24. PMID 38933606/Li D, et al. Cell. 2021;184(16):4203-4219.
なぜ、使う細胞が違うだけで結果が変わるのか。ここは、専門でない方にも分かるようにお話しします。
ウイルスは、どんな細胞にも同じように感染するわけではありません。
鍵穴であるACE2があるかどうか。その鍵穴が、実験用に人工的にたくさん付けられていないか。侵入を助ける酵素があるか。さっきの受け皿があるか。入ったあと増えられるのか。そして、本物のウイルスか、実験用の疑似ウイルスか。
これだけの条件で、結果が変わります。
ですから、「特殊な培養細胞で感染が2倍になった」ということと、「人間の肺でウイルスが2倍になって肺炎が悪くなる」ということの間には、かなりの距離があります。
そしてもう一つ、条件として大きいのが濃さです。
感染増強は、「抗体があれば起きる」現象ではありません。多くの実験で増強が見えるのは、中和がぎりぎり足りない濃さのときなんです。
抗体が十分に高ければ、中和が勝つ。低すぎれば、そもそも複合体ができない。その中間の中途半端なところで、増強が顔を出す。デング熱で昔から知られている、山型の関係です。
実際、日本のグループの報告では、患者さんの血清に中和の力があっても、足りない条件で受け皿やC1qがあると、その中和が打ち消されていました。
ここから言えることを、慎重に2つ。
1つ。「抗体が多いほど危ない」という理解は、仕組みとして正しくありません。患者さんに聞かれたら、ここは説明できます。
2つ。ただし逆に、「抗体を高く保っておけば絶対に起きない」とも言えません。人でどこからが安全域なのか、という線は引けていないからです。
言えるのは、「濃さによって変わる現象である」というところまでです。
では、試験管の研究には意味がないのか。いいえ。「こういう困った抗体がありうる」という警告をくれる、大事な研究です。だから第一三共がその研究を設計の説明に使うこと自体は、まったく合理的なんです。問題はその先、人での結論に飛ぶかどうか、そこだけです。

ウイルスはどんな細胞にも同じように感染するわけではありません。結果を左右する条件として、
したがって「特殊な培養細胞で感染が2倍になった」ことと、「人の肺でウイルス量が2倍になり肺炎が悪化する」ことの間には、大きな距離があります。
濃度も決定的な条件です。多くの実験系で、増強は中和が成立しない濃度帯(sub-neutralizing)で観察されます。抗体が十分高ければ中和が優位となり、極端に低ければ複合体ができにくい。その中間帯で増強が現れうるため、濃度に対して山型の挙動を示すことが多くあります(デング熱で古典的に知られる現象)。
Okuyaら(2022)の報告では、患者血清に中和活性があっても、中和が足りない条件でFcγ受容体またはC1qがあると、その中和活性が増強によって打ち消されました。
臨床への含意は慎重に述べます。「抗体があるほど危ない」という理解は仕組みとして正確ではありません。ただし「抗体を高く保てば増強は起こらない」と断定することもできません。ヒトでの閾値は確立していません。
なお、試験管の研究には「こういう好ましくない抗体がありうる」という警告を与える重要な役割があります。第一三共がLiuらの研究を設計の説明に用いること自体は合理的で、問題はその先、臨床の結論へ飛ぶかどうかだけです。
出典:Connor RI, et al. Pathogens and Immunity. 2024. PMID 38933606/Okuya K, et al. Microbiol Spectr. 2022. PMID 35319248.
この2つの言葉を分けると、議論が驚くほど整理されます。ハザードと、臨床リスクです。
ハザードは、害を起こしうる性質があるかどうか。
一部のNTD抗体に感染を増やす性質がある。これはハザードとして存在します。論文で確認された事実です。ここは認めます。
臨床リスクは、実際の患者さんで、その害がどれくらい起きるか。
NTDを含むワクチンを打った人でコロナが悪化する。これは、臨床リスクとしては確認されていません。
「危ない性質が試験管で見つかった」ことと、「患者さんで実際に危険が増えた」ことは、別なんです。
ただし、公平に言っておきます。これは「将来も絶対に起こらない」と証明されたという意味ではありません。同時に、仕組みの心配があるというだけで、製品の安全性を決めつけることもできません。
最後に、言葉の意味をもう一段はっきりさせておきます。
私は今日、何度か「人での増強は確認されていない」と言ってきました。これはどういう意味なのか。
実は、原理的な難しさがあります。重症のウイルス感染症と、免疫が悪さをして悪化した状態とを、見分けられる検査やマーカーは、今のところありません。抗体を測っても、T細胞を測っても、区別できないんです。
ですから、「この重症化はADEのせいだ」と証明する検査も、「増強は起きていない」と証明する検査も、存在しません。
では私たちは何を見ているのか。向きのシグナルです。
大きな試験で、接種した群の発症が対照より多くなっていないか。重症例が接種群に偏っていないか。有効率がマイナス方向に振れていないか。市販後に、そういう報告が積み重なっていないか。
それらは、今のところ報告されていません。
ですから正確な言い方は、「現在まで確認されていない」であって、「絶対に起こらない」ではないんです。
この言い方の差は、患者さんへの説明でもそのまま使ってください。断定しない方が、かえって信頼されます。

hazard(ハザード)= 害を起こしうる性質があるか
一部のNTD抗体に感染増強作用がある。→ ハザードとして存在します(査読論文で確認された事実)
clinical risk(臨床リスク)= 実際の患者さんで、その害がどの程度起こるか
NTDを含むワクチンを接種した人でCOVID-19が悪化する。→ 臨床リスクとしては確認されていません
「危ない性質が試験管で見つかった」ことと、「患者で実際に危険が増えた」ことは別です。
ただしこれは「将来も絶対に起こらない」と証明されたという意味ではありません。同時に、仕組み上の懸念があるという理由だけで製剤の安全性を断定することもできません。
「臨床シグナルがない」とはどういう意味か。
Arvinら(Nature 2020)が指摘するとおり、現時点で、重症のウイルス感染症と免疫が増強した病態とを区別できる臨床所見・検査・バイオマーカーは知られていません。抗体を測っても、T細胞を測っても判別できません。したがって「増強が起きていないこと」を直接証明する検査は存在しません。
私たちが見ているのは向きのシグナルです。大規模試験で接種群の発症率が対照より高くなっていないか、重症例・入院例が接種群に偏っていないか、有効率が負の方向へ振れていないか、市販後の情報に集積がないか。
NextCOVE(12歳以上11,454例)を含め、mRNA-1283でこれらのシグナルは報告されていません。したがって言えるのは「現在まで確認されていない」であり、「絶対に起こらない」ではありません。
出典:Arvin AM, et al. Nature. 2020;584:353-363. DOI 10.1038/s41586-020-2538-8/Chalkias S, et al. Lancet Infect Dis. 2025. PMID 40639387.
判断の土台として、データの重さの順番を確認しておきます。
いちばん重いのが、実際の発症や入院を主要な評価にした、くじ引きで分ける比較試験。NextCOVEがこれです。
次が、抗体の値を主要な評価にした比較試験。ダイチロナの試験はここです。
その下が、実際の診療のデータ、動物実験、試験管の実験。
注意していただきたいのは、この順番は「上が正しい」という意味ではないことです。患者さんの利益をどれだけ語れるか、という度合いを表しています。
試験管の研究には、警告をくれるという大事な役割がある。役割が違うだけです。

重い順に並べます。
この階層は「上が正しい」ではなく「患者の利益を語れる度合い」を表しています。試験管の研究には「こういう好ましくない抗体がありうる」という警告を与える重要な役割があります。問題は、そこから臨床の結論へ飛ぶかどうかだけです。
第VI部です。ここからは人のデータを見ます。
読み方は一つだけ。「第III相」というラベルではなく、何を測ったかを見ます。
ダイチロナは3つの試験があります。起源株、BA.4/5対応、XBB.1.5対応。主要な評価は、いずれも抗体の値です。
エムネクスパイクはNextCOVE。12歳以上、11,454例。実際に使われているワクチンを比較相手にして、主要な評価に実際のコロナの発症を含みます。
発症まで測ったかどうか。ここが最大の違いで、今日の結論に直結します。
もう一つ、ここで「実薬対照」という言葉を説明しておきます。
ふつう、薬の試験では、片方の群にプラセボ、つまり効かないもの(生理食塩水など)を打って比べます。その方が差がはっきり出ます。
ところがコロナワクチンでは、それができません。すでに効くワクチンがあるのに、わざと打たない群を作るのは、倫理的に許されないからです。
ですから今は、すでに使われているワクチンを相手にして比べるしかありません。これが実薬対照です。
ここに構造的な問題があります。相手も効くワクチンですから、差はどうしても小さくなる。 その小さい差で「勝った」と示すには、途方もない人数が必要になります。
だから今の試験は、「勝った」ではなく「負けていない」を確かめる形にならざるを得ないんです。
今日の試験が全部非劣性試験なのは、企業が手を抜いているからではなくて、この事情によります。

「第III相」というラベルではなく「何を測ったか」を見ます。
ダイチロナ®
- Study 146:起源株1価、18歳以上
- Study 212:起源株+BA.4/5、12歳以上
- DS-5670d:XBB.1.5、12歳以上
- 主要評価はいずれも中和抗体の値・抗体応答率
エムネクスパイク®
- NextCOVE:起源株+BA.4/5、12歳以上、11,454例
- 比較相手はmRNA-1273(スパイクバックス®)
- 主要評価に実際のCOVID-19発症を含む
臨床エンドポイントまで評価した点が、両者の最大の違いです。
「実薬対照」とは何か、なぜ非劣性試験ばかりなのか
通常、薬の試験では一方にプラセボ(効かないもの)を用いて比べます。差が明確に出るためです。しかし有効なワクチンが既に存在する状況では、あえて打たない群を作ることが倫理的に許されません。
そこで、すでに使われているワクチンを比較相手にする方法がとられます。これが実薬対照です。
ここに構造上の制約があります。相手も有効なワクチンであるため差は必然的に小さくなり、その差で優越性を示すには膨大な症例数が必要になります。結果として、試験は「勝った」ではなく「負けていない」を確かめる非劣性の枠組みにならざるを得ません。
本日の試験がすべて非劣性試験であるのは、この事情によります。
Hamada 2026/Kawamoto 2025/Chalkias 2025.
Study 146です。この試験が答えようとした問いは、「RBDだけの設計で、大人に十分な免疫の反応が出るか」です。
18歳以上の方に、起源株のRBD 60マイクログラムを追加接種した、国内の第III相試験。比較相手はコミナティかスパイクバックスです。
主要な評価は、接種29日後の抗体の上がり方。
つまり、発症や入院ではなく、抗体の反応が主要な評価です。ここだけ押さえてください。
【時間が押した場合】
ダイチロナの3試験(34〜36・38)は次のようにまとめてください。「ダイチロナには3世代分の国内第III相試験があります。起源株、BA.4/5対応、XBB.1.5対応。いずれも実際に使われているワクチンを相手にして、抗体の反応で負けていないことを確かめています。数値は配布資料をご覧ください。押さえていただきたいのは1点だけで、3試験とも主要な評価は抗体の値であって、発症や入院ではない、ということです。」──約40秒です。ただし小児のStudy 214(37)は年齢の話に直結するので残してください。

問いは「RBD-only設計が成人で十分な免疫原性を示すか」です。
対象・介入
18歳以上、DS-5670a(起源株RBD 60 μg)、国内第III相・追加免疫
対照・主要評価
コミナティ®またはスパイクバックス®を比較相手とし、接種29日後の中和抗体の上昇倍率を主要評価としました。発症・入院ではなく免疫原性が主要評価です。
出典:Hamada S, et al. Commun Med. 2026. PMID 41917439.
具体的な数値です。値はMR資料ではなく、電子添文に揃えてあります。
コミナティと比べると、抗体の高さが1,345 対 951、上がり方が57.7倍 対 39.4倍。スパイクバックスと比べると、2,078 対 1,096。抗体応答率はいずれも90%を超えています。
数字だけ見ると、かなり良い成績です。実際、免疫の反応としては良好です。
確かめられたのは、抗体の反応で負けていないことです。
そしてここで、一言だけ強調させてください。
抗体の値が高い、イコール、発症を多く防ぐ、ではありません。
抗体の値は、代わりに測っている目安です。棒グラフが高いことが、そのまま効果の高さを意味するわけではないんです。
【時間が押した場合】
数値は読み上げず、「抗体の反応で負けていないことを確かめた」「抗体が高いことは発症予防が優れることを意味しない」の2点だけ話してください。約20秒です。

数値は電子添文の値に統一しています。
| 対コミナティ® | 対スパイクバックス® | |
|---|---|---|
| 抗体価(GMT) | 1,345.327 vs 951.373 | 2,078.015 vs 1,096.038 |
| 上昇倍率(GMFR) | 57.700 vs 39.410 | 38.864 vs 21.932 |
| 調整済みGMFR比 | 1.464(97.5% CI 1.112-1.927) | 1.772(97.5% CI 1.335-2.353) |
| 抗体応答率 | 97.1% vs 98.5% | 94.9% vs 92.8% |
確かめられたのは免疫原性の非劣性です。そして重要な確認事項があります。抗体の値が高い=発症予防が優れる、ではありません。中和抗体の値は代替エンドポイントであり、棒グラフの高さがそのまま臨床効果を意味するわけではありません。
出典:ダイチロナ®筋注 電子添文(2025年8月改訂・第7版)17.1.1.
Study 212、BA.4/5に対応した2価の製剤です。12歳以上701例で、株を新しくしたあとの設計を確かめました。
比較相手は2価のコミナティ。主要な評価は、BA.5に対する抗体の値と応答率です。
結果は、抗体の比が1.720、応答率の差が21.6%で、負けていないことを確かめています。
限界も同じです。発症や入院は、主要な評価にしていません。
【時間が押した場合】
「株を新しくしても負けていないことが確認された。ただし主要な評価は抗体の値」の一文で通過してください。

12歳以上701例を対象に、株更新後のRBD-only設計を検証した試験です。
試験
起源株+BA.4/5の2価 DS-5670a/b 60 μg
対照は2価コミナティ®
主要評価はBA.5に対する中和抗体価と抗体応答率
結果と限界
調整済みGMT比 1.720(95% CI 1.516-1.952)
抗体応答率差 21.6%(14.0-28.8)で、非劣性を検証。ただし発症・入院は主要評価していません。
出典:Hamada S, et al. Commun Med. 2026.
Study 214、5歳から11歳です。小児は、大人の比較とは別の話なので、独立して読みます。
157例で、抗体の比が1.636、応答率の差が2.6%。負けていないことを確かめました。
ここでの実務上の意味は、たった1つです。
ダイチロナは5歳以上、エムネクスパイクは12歳以上。
つまり小児では、そもそも2つから選ぶという話になりません。ダイチロナ一択です。
今日の後半で私の意見を申し上げますが、それは12歳以上の話だと理解してください。窓口で「先生はエムネクスパイクを勧めていた」という話が小児に持ち込まれると困りますので、ここで区切っておきます。

小児適応は、成人の比較とは別の臨床論点です。
対象・結果
5〜11歳 157例
2価(起源株/BA.4-5)20 μg
調整済みGMT比 1.636(95% CI 1.221-2.190)
抗体応答率差 2.6%(-7.8-13.8)
意味
非劣性を検証
ダイチロナ®は5歳以上、エムネクスパイク®は12歳以上
小児では製剤選択の前提自体が異なる
すなわち、小児ではそもそも二者択一になりません。
本資料の後半で述べる見解は、12歳以上に限った話です。
出典:ダイチロナ®筋注 電子添文/Suzuki R, et al. Front Immunol. 2024.
DS-5670d、XBB.1.5に対応した1価の製剤です。今の株更新のやり方にいちばん近い、国内の試験です。
12歳以上779例、国内15施設。比較相手はXBB.1.5対応のコミナティ。
抗体の比が1.218、応答率が87.3% 対 82.9%で、負けていないことを確かめています。
繰り返しになりますが、コロナの発症を主要な評価にした試験ではありません。
【時間が押した場合】
「株更新後も、実際に使われているワクチンを相手に負けていない。ただし発症は主要な評価ではない」の一文で通過できます。

現在の株更新方式にもっとも近い、国内の無作為化実薬対照試験です。
試験
12歳以上779例(国内15施設)
DS-5670d 60 μg
対照はXBB.1.5対応コミナティ®
結果と限界
調整済みGMT比 1.218(95% CI 1.059-1.401)
抗体応答率 87.3% vs 82.9%
免疫原性の非劣性を検証
ただしCOVID-19発症を主要評価した試験ではありません。
出典:Kawamoto A, et al. PLOS Med. 2025;22(10):e1004499. PMID 41082550.
ここで、MR資料のグラフの読み方を整理しておきます。
念のためですが、これは「MRさんが不正確なことを言っている」という話ではありません。そのグラフから何が言えて、何が言えないかという話です。
言えることは3つ。RBDだけでも十分な抗体の反応が得られた。既存のワクチンに対して、抗体の反応で負けていないことを確かめた。そして、複数の世代で日本人のデータがある。
3つめは、実際ダイチロナの強みだと思います。
言えないことも3つ。ダイチロナの方がコロナの発症を多く防ぐ。入院や重症化を防ぐ。臨床的に優れている。
これらは、抗体の値という「代わりの目安」からは、直接には言えません。
なお、MR資料と電子添文で数値が違う場合、当院の資料は電子添文を優先します。

棒グラフの高さと臨床効果を混同しない、という一点に尽きます。
言えること
- RBD-onlyでも十分な中和抗体応答が得られた
- コミナティ®・スパイクバックス®に対して免疫原性の非劣性を検証した
- 複数世代で日本人データがある
言えないこと
- ダイチロナ®の方がCOVID-19発症を多く防ぐ
- ダイチロナ®の方が入院・重症化を防ぐ
- ダイチロナ®の方が臨床的に優れている
中和抗体の値は代替エンドポイントであり、これらを直接には語れません。
なお、MR資料と電子添文で値が異なる場合、本院内資料は電子添文の値を優先します。
NextCOVEです。エムネクスパイクを評価するうえで、いちばん重要な試験です。
12歳以上、11,454例。2023年の3月から8月に登録されています。
比較相手は、同じ株の構成のスパイクバックスです。ここは大事で、抗原の株は揃えたうえで、作り方だけを比べています。
くじ引きで分けて、評価する人には割り付けが分からないようにした第III相試験。
そして主要な評価が、コロナの発症です。抗体ではなく、実際に発症したかどうかを数えています。
ここが、今日の比較で効いてきます。

エムネクスパイク®の評価で最も重要な試験です。
対象・介入
12歳以上11,454例
2023年3〜8月登録
2価(起源株+BA.4/5)mRNA-1283 10 μg
対照・デザイン
同じ抗原株構成のmRNA-1273 50 μgを比較相手とした、無作為化・観察者盲検・実薬対照の第III相試験
主要評価はCOVID-19発症=臨床エンドポイントです。
出典:Chalkias S, et al. Lancet Infect Dis. 2025. PMID 40639387(NextCOVE / NCT05815498)
結果です。ここは抗体ではなく、実際に発症した人数を見ます。
エムネクスパイクの群が5,679人中560人、9.9%。スパイクバックスの群が5,687人中617人、10.8%。
差は9.3%、信頼区間はマイナス6.6から22.8です。
ここで、さきほどの「幅」の話を思い出してください。この幅の中には0が入っています。つまり、「差がない」という可能性が残っているということです。
ですから、負けていないことは確かめられましたが、「勝った」とは言えません。
ここは正確に言ってください。「エムネクスパイクの方が発症を防いだ」とは言えないんです。
では、この試験の価値はどこにあるのか。
勝ったことではありません。実際のコロナの発症を評価したという、データの種類にあります。
今日の私の結論は、この一点だけに立っています。

ここで見るのは抗体の値ではなく、実際の発症数です。
非劣性は達成されましたが、信頼区間が0をまたぐため優越性は証明されていません。「mRNA-1283の方が発症を防ぐ」とは読めません。
この試験の価値は「勝ったこと」ではなく、実際のCOVID-19発症を臨床エンドポイントとして評価したという、エビデンスの種類にあります。
出典:Chalkias S, et al. Lancet Infect Dis. 2025;25(11):1230-1242.
追加の結果です。強い試験でも、範囲を越えて解釈しません。
65歳以上では13.5%、信頼区間はマイナス7.7から30.6。0をまたいでいます。
65歳以上でリスクの高い方では28.1%で、こちらは0をまたいでいません。当院の患者層に近いのはこちらですが、あくまで一部を切り出した解析だということは忘れないでください。
副反応は、局所も全身も、だいたい同じ程度でした。
限界が3つあります。
一部を切り出した解析は、全体の解析より不確かさが大きいこと。今シーズンのXFG対応の製剤そのものを1万人で試したわけではないこと。そして、この試験の比較相手はダイチロナではないということです。
3つめは、いちばん見落とされやすい限界です。
【時間が押した場合】
数値3つは読み上げず、限界の3点だけを話してください。約40秒です。

追加結果
- 65歳以上:rVE 13.5%(95% CI -7.7〜30.6)
- 65歳以上・高リスク:rVE 28.1%(4.4〜45.9)
- BA.4/5中和抗体の比 1.3(1.2〜1.5)
- 局所・全身の反応は概ね同程度
限界
- サブグループ解析は主解析より不確実性が大きい
- 今季のXFG対応製剤そのものを11,454例で試験したわけではない
- NextCOVEの比較相手はダイチロナ®ではない
Chalkias 2025. NextCOVEは起源株+BA.4/5の2価製剤。
2026年に出た、米国の65歳以上の実際の診療データです。
エムネクスパイクが233,072人、コミナティが422,610人。かなり大きな規模です。
コロナによる入院に対する有効性は、エムネクスパイクで59.3%、コミナティで48.3%。75歳以上では66.9% 対 45.9%でした。
ここで、注意していただきたいことがあります。
59.3%と48.3%を引き算して、「11ポイント優れている」とは読みません。
理由は2つあります。
1つめ。これは直接比べた研究ではありません。それぞれ別の「打っていない人の集団」と比べています。比べている相手が違うのですから、出てきた数字同士を引き算しても意味がないんです。
2つめ。これは観察研究です。ここで「交絡」という言葉を説明しておきます。
くじ引きで分ける試験と違って、観察研究では、打つか打たないかを本人が決めています。
そうすると、打った人と打たなかった人は、もともと違う集団になるんです。
ワクチンを打ちに来る方は、健康に気をつけている傾向がある。定期的に受診している。逆に、施設に入っていて外出できない方は打てないこともある。年齢も、持病も、生活も違います。
つまり、「ワクチンのおかげで入院が減った」のか、「もともと入院しにくい人たちが打っていた」のか、区別がつきにくい。これが交絡です。
もちろん、統計の手法で、年齢や持病などの違いはならしています。ただ、測っていない違いは、ならしようがないんです。
ですから観察研究は、方向を裏づける材料にはなりますが、優劣を決める材料にはなりません。
さらに、著者の何人かはモデルナの社員・株主で、実施した組織はモデルナから研究費を受け取っています。だから信用しない、という意味ではありませんが、資料に書いておくべきことだと思います。
位置づけとしては、エムネクスパイクが実際の診療でも効いていたという補強にはなるが、製品同士の優劣を証明する研究ではない。ここに留めます。

米国65歳以上を対象とした後ろ向きの観察研究です。製品同士を直接比較した研究ではありません。mRNA-1283が233,072人、コミナティ®が422,610人で、各ワクチンをそれぞれ別々の未接種群と比較しています。
| アウトカム | mRNA-1283 | コミナティ® |
|---|---|---|
| COVID-19関連入院(65歳以上) | 59.3%(39.0-72.9) | 48.3%(32.4-60.5) |
| 医療受診COVID-19(65歳以上) | 42.0%(35.0-48.3) | 41.2%(36.2-45.8) |
| COVID-19関連入院(75歳以上) | 66.9%(45.9-79.8) | 66.9%(45.9-79.8) |
| 医療受診COVID-19(75歳以上) | 50.2%(42.1-57.2) | 50.2%(42.1-57.2) |
59.3% vs 48.3% を「11ポイント優れる」と読んではいけません。理由は2つあります。
① 比較の相手が違う
各ワクチンはそれぞれ別の未接種対照群と比較されており、両者を直接比較した研究ではありません。相手が違う以上、出てきた数字同士を引き算しても意味がありません。
② 観察研究であり、交絡の影響を受ける
無作為化試験と異なり、観察研究では接種するかどうかを本人が決めています。したがって接種者と未接種者は、もともと異なる集団です。健康意識、受診行動、年齢、併存疾患、生活環境などが異なるため、「ワクチンの効果で入院が減った」のか「もともと入院しにくい人が接種していた」のかを区別しにくくなります。これが交絡です。
本研究では傾向スコアによる重み付けで測定された共変量を調整していますが、測定されていない要因は調整できません(未測定交絡)。
また著者の一部はモデルナ社員・株主で、実施主体はモデルナから研究費を受領しています。
位置づけは、mRNA-1283の実臨床有効性を補強するが、製品間の優越性を証明する研究ではない、です。
出典:Vicic N, et al. Infect Dis Ther. 2026. PMID 42340584/DOI 10.1007/s40121-026-01395-4.
限界を2枚で確認します。ここを言わないと、この資料はただの宣伝になってしまいます。
まず非劣性。決めた範囲を超えて劣ってはいない、という意味であって、同じでもなければ、優れているでもありません。今日扱った主な試験は、ダイチロナ側もエムネクスパイク側も、どれも「勝った」ことは示していません。
次に直接比較。ダイチロナ対エムネクスパイクの試験は、存在しません。
NextCOVEの相手はスパイクバックス。ダイチロナの相手はコミナティやスパイクバックスです。
つまり、どちらが優れているかの順位は、まだ決まっていません。
この事実は、今日の最初と最後で2回申し上げます。

非劣性について
- 非劣性 = 許容範囲を超えて劣っていない
- 非劣性 ≠ 同じ - 非劣性 ≠ 優れている
- 本資料で扱った主要比較試験は、いずれも優越性を証明していません。
直接比較について
- ダイチロナ® vs エムネクスパイク®のhead-to-head試験は存在しません
- NextCOVEの比較相手はmRNA-1273
- ダイチロナ®の比較相手はコミナティ®/スパイクバックス®
- したがって有効性・安全性の序列は未証明です
臨床的な勝敗を直接示す試験はありません。
もう1つの限界が、株の違いです。
「その作り方でのデータ」と、「今シーズン納品される製剤そのもののデータ」は、分けて読みます。
ダイチロナは、起源株、BA.4/5、XBB.1.5と、世代の違う製剤で抗体の反応を確かめています。今シーズンの製剤にそのまま当てはめるには、限界があります。
エムネクスパイクも同じで、NextCOVEは起源株とBA.4/5の2価の試験です。今シーズンのXFG対応の製剤そのもので発症を調べた試験ではありません。
ですから言えるのは、エムネクスパイクという作り方には、発症まで見た試験がある、というところまでです。
この限界は、両剤に等しくかかります。

プラットフォーム(作り方)のデータと、今季製剤そのもののデータを分けて読みます。
ダイチロナ®
起源株、BA.4/5、XBB.1.5と世代の異なる製剤で免疫原性を評価。今季製剤への外挿には限界があります。
エムネクスパイク®
NextCOVEは起源株+BA.4/5の2価製剤の試験であり、2026/27のXFG対応製剤そのものの発症試験ではありません。言えるのは、というプラットフォームに臨床発症RCTがあるというところまでです。
この限界は両剤に等しくかかります。抗原株・対象年齢・用量・供給条件は、最新の電子添文で最終確認してください。
今シーズンの話です。ここは発注と患者説明に直結します。
厚労省の委員会は、今年度の定期接種について、LP.8.1を基本としつつ、XFGやNB.1.8.1など、流行している株に対して幅広くしっかりした反応が示された抗原も候補に含めうる、という考え方を示しています。
そのうえで今シーズンの予定です。
ダイチロナがNB.1.8.1由来のRBD。エムネクスパイクがXFG対応。
ダイチロナ側は企業資料での予定ですので、納品前に必ず確認してください。
つまり、今シーズンは両剤で株が違います。
「両方ともXFG対応です」という説明は、しないでください。ここは窓口でも間違えやすいところです。
なお、株の更新というのは、その作り方で積み上がってきた臨床データに、抗体の反応や安全性、品質のデータを加えて、規制当局が総合的に評価するという仕組みで行われています。季節性のワクチンでは避けにくい形です。
だからこそ、作り方としてのデータと、今シーズンの株そのもののデータを、分けて読む必要があります。

厚生労働省の考え方(製造株小委員会・2026年5月)
令和8年度定期接種の抗原組成について、1価のLP.8.1を基本としつつ、XFGやNB.1.8.1など、2026年5月時点の流行株に対して広汎かつ頑健な中和抗体応答または有効性が示された抗原も使用候補に含めうる、という考え方が示されています。
今シーズンの予定
- ダイチロナ®:オミクロン株 NB.1.8.1 由来のRBD(企業資料での予定。供給前に要確認)
- エムネクスパイク®:オミクロン株 XFG 対応(2026年8月に一部変更承認)
今シーズンは両剤で抗原株が異なります。「両剤ともXFG対応」と説明しないでください。
株更新は、プラットフォームとして積み上がった臨床データに、免疫原性・安全性・品質・非臨床情報を加えて規制当局が総合評価する枠組みで行われています。季節性のCOVIDワクチンでは避けにくい構造です。したがって、プラットフォームのデータと今季の抗原株そのもののデータは、分けて読む必要があります。
出典:厚生科学審議会 新型コロナウイルスワクチンの製造株に関する小委員会 資料(2026年5月)/両剤の電子添文。
第VI部のまとめです。
スライドに「55対45」と出ていますが、先に断っておきます。
これは統計の数字でも、効果の差でもありません。公開されているデータを、どう重く見るかを表しただけの、たとえです。
エムネクスパイク側の材料は、11,454例で実際の発症まで評価した試験があること。
ダイチロナ側の材料は、RBDだけという明快な設計、複数世代の試験、日本人データの厚み、そして5歳以上という適応。
そして、必ず添える一言。
両方を直接比べた試験はない。エムネクスパイクの方が有効・安全と証明されたわけではない。理屈のうえの利点は、臨床での優越性ではない。
中身は、この次の次のスライドで、私の見解として申し上げます。

このスライドの「55対45」は、統計値でも有効性の差でもなく、エビデンスをどう重みづけするかを表す比喩です。この点を先に確認したうえでお読みください。
エムネクスパイク® 55 の材料
11,454例のNextCOVEがあり、実際のCOVID-19発症を主要評価している。臨床エンドポイントのRCTを一段重く評価するため、僅かに優先する。
ダイチロナ® 45 の材料
RBD-onlyという明快な設計、複数世代の実薬対照第III相試験、日本人データの豊富さ、5歳以上という適応。十分に合理的な選択肢です。
必ず添える一言
両製剤を直接比較した試験はない。エムネクスパイク®がより有効・安全と証明されたわけではない。理論的メリット ≠ 臨床的優越性。
評価の軸ごとに、どちらに材料があるかを並べます。
設計。ダイチロナはRBDだけで明快、エムネクスパイクはNTDとRBDに留め具。理屈では勝負なし。
感染増強の論点。ダイチロナはNTDを含めない、エムネクスパイクは含むけれど人でのシグナルはない。ダイチロナに理屈のうえで小さな利点。ここは正直にダイチロナ側に付けています。
抗体の反応の試験。どちらも十分。
発症まで見た試験。ダイチロナは主要な評価としては無し、エムネクスパイクは11,454例。ここはエムネクスパイクに利点。
実際の診療のデータ。エムネクスパイク側に補強がありますが、観察研究です。
適応年齢。5歳以上と12歳以上。小児ではダイチロナのみ。
直接比較。両方なし。順位は未証明。
まとめると、設計だけを見るならダイチロナにはかなり魅力があります。一方、データの種類で比べると、エムネクスパイクには発症まで見た試験という、一段強い材料がある。
こういう構造になっています。

| 評価軸 | ダイチロナ® | エムネクスパイク® | 現時点の評価 |
|---|---|---|---|
| 抗原設計 | RBD-only。明快 | NTD+RBD+膜係留 | 理論では勝敗なし |
| NTD感染増強の論点 | NTDを含めない | NTDを含むが臨床シグナルなし | ダイチロナ®に理論上の小さな利点 |
| 免疫原性のRCT | 複数世代で実施。日本人データ豊富 | あり(NextCOVEの副次評価) | 双方十分 |
| 臨床発症のRCT | 主要評価としては実施なし | NextCOVE 11,454例 | エムネクスパイク®にエビデンス上の利点 |
| 実臨床アウトカム | 今後の蓄積待ち | 2026年に米国65歳以上のデータ | エムネクスパイク®を補強(観察研究) |
| 適応年齢 | 5歳以上 | 12歳以上 | 小児ではダイチロナ®のみ |
| 直接比較 | なし | なし | 有効性・安全性の序列は未証明 |
設計だけを見るなら、ダイチロナ®のRBD-onlyには相応の魅力があります。一方で、エビデンスの「種類」を比べると、エムネクスパイク®には臨床発症エンドポイントという一段強い材料があります。
ここで一度、はっきり区切らせてください。
ここまでは公表データの整理でした。ここからは私の見解です。事実ではありません。
12歳以上の一般的な接種対象の方について、今ある公開データだけで2つから選ぶなら、私はエムネクスパイク55、ダイチロナ45と考えています。
まず申し上げますが、圧勝ではまったくありません。そしてこの数字は、統計の値でも効果の差でもなく、重みづけを表すためのたとえです。
エムネクスパイクを選ぶ理由は、1つだけです。
11,454例で、実際のコロナの発症まで評価した試験があるから。
設計が美しいからでも、抗体が高いからでもありません。
一方で、ダイチロナを選ぶ合理性も、はっきりあります。RBDだけという明快な設計、日本人データの厚み、複数世代の試験、そして5歳以上という適応。小児ではダイチロナが選択肢になります。
ですから、ダイチロナを選ぶ先生がいても、それは誤りではありません。
ただし、これだけは申し上げます。
感染増強の理屈だけを理由に「ダイチロナの方が人で安全」と断定することは、私はしません。 NTDを含むエムネクスパイクで、人での増強は確認されていないからです。
そして逆方向も同じです。今後ダイチロナで、発症や入院のデータが積み上がれば、この55対45はすぐに動きます。
動いたら、私は変えます。

ここまでは公表データの整理です。ここからは演者の見解であり、事実ではありません。
12歳以上の一般的な接種対象者について、現時点の公開データだけで二者択一するなら、エムネクスパイク® 55、ダイチロナ® 45 と考えます。圧勝ではありません。統計値でも有効性の差でもなく、エビデンスをどう重みづけするかの表現です。
エムネクスパイク®を選ぶ理由は1つだけです。
11,454例で実際のCOVID-19発症を評価したRCTがあるから。設計が優れているからでも、抗体の値が高いからでもありません。
ダイチロナ®を選ぶ合理性も明確です。
RBD-onlyという明快な設計、日本人データの厚さ、複数世代の実薬対照試験、そして5歳以上という適応。小児ではダイチロナ®が選択肢になります。
ただし一点だけ申し添えます。
感染増強抗体の理論だけを理由に「ダイチロナ®の方が人で安全」と断定することはしません。NTDを含むmRNA-1283で臨床的な感染増強は確認されていないからです。逆に、今後ダイチロナ®で発症や入院のアウトカムが蓄積すれば、この55対45は容易に変わります。
ここからは実務の話です。このスライドだけは絶対に削りません。 免疫学の細かい話より、患者さんの安全という意味では、こちらの方が重要です。
最大のリスクは、接種量の取り違えです。
ダイチロナは12歳以上で1回0.6ミリリットル。エムネクスパイクは0.2ミリリットル。3倍違います。
剤形も違います。ダイチロナはバイアルで、0.6ミリリットルとして2回分。エムネクスパイクは1人用のシリンジです。
準備も違います。ダイチロナはゆっくり転倒混和、振らない。常温に戻して12時間以内。保存は冷蔵で、凍ってしまったものは使いません。針を刺したあとは、2度から8度で24時間以内。
エムネクスパイクは希釈も混和も要りません。保存は冷凍、解凍したら冷蔵で、もう一度凍らせるのは不可です。
対象年齢は5歳以上と12歳以上。接種はどちらも三角筋への筋肉内注射です。
そして接種の直前に、製品名、対象年齢、株、接種量を、声に出して確認してください。
とくに、「モデルナだから0.5ミリリットル」という、スパイクバックスのときの記憶で打たないこと。スパイクバックスは0.5、エムネクスパイクは0.2です。
予診票に、接種した部位の左右も記録してください。

免疫学の細部より、患者安全のうえではこちらが重要です。最大のリスクは接種量の取り違えです。ダイチロナ 0.6 mL、エムネクスパイク 0.2 mL。
| ダイチロナ® | エムネクスパイク® | |
|---|---|---|
| 1回接種量 | 12歳以上 0.6 mL/5〜11歳 0.2 mL | 0.2 mL(mRNA 10 μg) |
| 剤形 | バイアル1.5 mL(0.6 mLとして2回分/0.2 mLとして4回分) | 1人用プレフィルドシリンジ |
| 調製 | ゆっくり転倒混和(振らない)。常温に戻して12時間以内 | 希釈・混和とも不要(振らない) |
| 保存 | 冷蔵。凍結を避け、凍結したものは使用しない | 冷凍。解凍後は冷蔵、再凍結不可 |
| 開封後 | 保存剤を含まない。針を刺した後は2〜8℃で24時間以内 | 1人1回限りの使用 |
| 対象年齢 | 5歳以上 | 12歳以上 |
| 接種回数・間隔 | 通常1回(接種歴のない者には約4週間隔で2回目可)。前回から3か月以上 | 通常1回。前回から3か月以上 |
| 2026/27の抗原 | NB.1.8.1由来のRBD(供給前に要確認) | XFG対応 |
接種直前の声出し確認
製品名・対象年齢・抗原株・接種量を声に出して確認します。「モデルナだから0.5 mL」という過去の記憶で接種しないでください(スパイクバックス®は0.5 mL、エムネクスパイク®は0.2 mL)。予診票に接種部位(左右)も記録します。
今季は両剤で抗原株が異なります。「両剤ともXFG対応」と説明しないでください。
接種部位はいずれも三角筋への筋肉内接種(静脈内・皮内・皮下は不可)。シーズン製剤の用量・剤形・保存条件・有効期間は変更されうるため、配布前・発注前に最新の電子添文で必ず照合してください。
患者さんやスタッフに聞かれたときの答え方です。4つ用意しました。
「ダイチロナの方が安全ですか」と聞かれたら。設計が違うこと、実験室の結果が人での悪化を意味しないこと、そしてどちらが安全とも優れているとも直接には証明されていないこと。この3つで答えてください。
「ADEは結局起こるんですか」と聞かれたら。コロナワクチンで臨床的に問題になるADEが起きたという事実は確認されていない。ただし絶対に起こらないと証明されたわけでもないので、情報収集は続いている。ここまで正直に言って大丈夫です。むしろ、断定しない方が信頼されます。
「抗体が高い方が効くんじゃないですか」と聞かれたら。代わりに測っている目安だ、という話をしてください。
そして4つめ。「今シーズンは両方ともXFG対応ですか」。いいえ、です。
エムネクスパイクはXFG対応、ダイチロナはNB.1.8.1由来のRBDが予定されています。発注前・接種前に、実際に納品される製剤の株を必ず確認してください。

Q「ダイチロナの方が安全ですか?」
ダイチロナはRBDだけを抗原にし、エムネクスパイクはRBDに加えてNTDも使います。NTDに対する一部の抗体が実験室で感染を増やす方向に働いた報告はあり、NTDを使わない設計には理論的な理由があります。ただしNTDには感染を防ぐ抗体の目印もあり、実験室での結果が人での悪化を意味するわけではありません。どちらが安全とも優れているとも、直接には証明されていません。
Q「ADEは結局起こるのですか?」
COVID-19ワクチンで、臨床的に問題となるADEが起きたという事実は確認されていません。試験管の中で感染を増やす性質を持つ抗体が見つかったことと、患者さんで病気が悪化することは別の問題です。ただし「絶対に起こらない」と証明されたわけでもないので、市販後の情報収集は続いています。
Q「抗体価が高い方が効くのでは?」
中和抗体は重要な指標ですが、発症や入院の代わりに測っている目安です。棒グラフが高いことと、実際に発症を多く防ぐことは同じではありません。その試験が何を主要な評価にしていたかを必ず確認してください。
Q「今シーズンは両方ともXFG対応ですか?」
いいえ。エムネクスパイクはXFG対応ですが、ダイチロナはNB.1.8.1由来のRBDが予定されています。発注前・接種前に、実際に納品される製剤の抗原株を必ず確認してください。
今日の持ち帰りは5点です。
1つ、ダイチロナはRBDだけ、エムネクスパイクはNTDとRBD。どちらもスパイクを丸ごとは使っていない。
2つ、試験管で感染が増えたのは事実。ただし古典的ADEとは仕組みが違う。
3つ、NTDには守ってくれる目印もある。NTDイコール危険、RBDイコール安全という分け方は間違い。
4つ、試験管の増強は人での悪化を意味しない。ただし動物のデータも「まったく心配なし」とは単純化しない。
5つ、最終的な判断は、設計の理屈ではなく、人で得られたデータで行う。
理屈のうえの利点は、臨床での優越性ではありません。そして現場の数字は、0.6ミリリットルと0.2ミリリットルです。

理論的メリット ≠ 臨床的優越性。そして現場の数字は 0.6 mL と 0.2 mL。
出典です。査読を経た論文が10本以上、それに電子添文と行政資料。すべてPMIDまで載せてありますので、あとから確認していただけます。
作成の方針として、MR資料と電子添文で数値が違う場合は電子添文を優先しました。2026年の実際の診療データは、観察研究で直接比較でもありませんので、製品の優劣の根拠にはしていません。
配布前・接種前には、必ず最新の電子添文と行政資料で確認してください。
以上です。ご質問をお受けします。

作成方針
MR資料と電子添文で数値が異なる場合は電子添文を優先。Study 212は電子添文・原著本文の値を採用。Vicic 2026は観察研究かつ非head-to-headであり、製品間優越性の根拠にはしません。文献7〜9はDOI表記のため、配布前にPubMedで番号を確認してください。
今日は、かなり細かいところまでお話ししました。RBD、NTD、エピトープ。古典的ADE。C1qの道。構造が変わるタイプの感染増強。試験管と生きた体。抗体の値と、実際の発症。
ここまで全部覚える必要は、まったくありません。最後に2つだけ覚えてください。
1つ目。理屈のうえの利点は、臨床での優越性ではない。
ダイチロナのRBDだけという設計には、とてもきれいな理屈があります。エムネクスパイクのNTDプラスRBDにも、良い目印を残すという理屈があります。どちらも通っています。
だから最後は、人で何が起きたかを見る。そして、まだ比べられていないことについては、「分かりません」と言えるところで止まる。
そして2つ目。ダイチロナ0.6ミリリットル、エムネクスパイク0.2ミリリットル。
私はむしろ、こちらの方を絶対に忘れてほしくありません。理屈を間違えるより、量を間違える方が、患者さんには直接の害になります。
ですから今日の最後は、理屈のうえの利点 ≠ 臨床での優越性、そして 0.6 ≠ 0.2。この2つの「≠」で終わりたいと思います。
以上です。ありがとうございました。ご質問をお受けします。
まず年齢で分かれます。5歳から11歳ではダイチロナが選択肢です。エムネクスパイクは12歳以上ですから、そもそも2つから選ぶ話になりません。
12歳以上については、今あるデータを重みづけするなら、私はエムネクスパイクを少しだけ優先します。ただし、ダイチロナを選ぶことが誤りだという意味ではまったくありません。
実際の発注は、供給、価格、保存の条件、当院の運用も含めて決めます。エビデンスの重みづけは、そのうちの一つの材料です。
いいえ。間違いだと評価するのは適切ではありません。
3段に分けると、はっきりします。
1段目は事実です。一部のNTD抗体に、試験管の中で感染を増やす作用が報告されている。これは論文があります。
2段目は設計の考え方です。それならNTDを外して、RBDに集中させる。これにも理屈が通っています。
3段目が結論です。だからRBDだけの方が人で安全・有効である。ここが証明されていません。
ですから、「設計の考え方としてはとても合理的です。ただし、人での優越性まではまだ示されていません」と理解するのが適切です。
同じことは、モデルナ側の資料についても言えます。
まず、コロナワクチンで臨床的に問題となるADEが起きたという事実は、確認されていません。そこは率直にお伝えして大丈夫です。
そのうえで、試験管の中で起きることと、患者さんの体で病気が悪くなることは別だ、という説明をします。
同時に、その方自身の重症化リスクも一緒に確認します。年齢や持病によって、接種で得られる利益はかなり違いますから。
そのうえで、最終的な判断はご本人の意思を尊重します。説得する場ではありません。
中和抗体は重要な指標です。抗体が高い人ほど発症しにくいという関係はありますから、意味のない検査値ではありません。
ただし、これは代わりに測っている目安です。
たとえばある試験で、比較相手より抗体の値が高かったとしても、その試験が発症を主要な評価にしていなければ、「発症を多く防いだ」とは言えないんです。
患者さんには、「抗体の値は大切な目安ですが、実際に病気をどれだけ防ぐかとは、完全に同じものではありません」くらいの説明が分かりやすいと思います。
一般の診療では難しい、というのが答えです。
「この値以上なら十分に守られている」という、個人ごとの明確な線は引けていません。
実際の守られ方には、抗体の質、時間とともに下がること、T細胞の免疫、これまでの感染歴、年齢、免疫を抑える治療の有無、それから流行している株と合っているかどうかも関わってきます。
ですから、「抗体がいくつだから今年は打たなくていい」という判断には使いません。
研究の指標としての価値と、目の前の患者さんの接種を決める検査であることは、別の話です。
今までの公開データでは、エムネクスパイクによって臨床的に意味のある感染増強が起きたという、はっきりしたシグナルは確認されていません。
NextCOVEは12歳以上11,454例の大きな試験で、発症について負けていないことを確かめています。もしNTDを入れることで大きな増強が起きるのなら、この規模の試験で、有効性や安全性に悪い方向のシグナルが出る可能性があります。それは認められていません。
ただし、11,454例で見つからなかったということと、まれなリスクが絶対に存在しないということは、別です。
ですから私は「現在まで確認されていない」という言い方に留めます。「絶対に起こらない」とは言いません。
無視してはいけない所見です。だからこそ、この資料にも残してあります。
ただし、読み方には注意が必要です。
あの研究は、特定の抗体を1種類だけ動物に注射する実験です。ワクチンを打ったときに起きることとは違います。実際には、いろいろな場所を狙う抗体がまとめてでき、T細胞も補体も同時に働きます。
ですから「46頭中3頭だから、ワクチンで6.5%が悪化する」というような計算はできません。
かといって「特殊な実験だから無視していい」でもありません。
気をつけるべきシグナルとして受け止めたうえで、実際の意味は人のデータで評価する。これが正確な扱い方です。
そう読んではいけません。
あの研究では、65歳以上の入院に対する有効性が、エムネクスパイクで59.3%、コミナティで48.3%でした。数字だけなら11ポイント違います。
しかし、この研究は両者を直接比べたものではありません。エムネクスパイクを打った人は、エムネクスパイク用の「打っていない人」と比べ、コミナティを打った人は、別の「打っていない人」と比べています。しかも観察研究です。
さらに、著者の何人かはモデルナの社員・株主で、実施した組織はモデルナから研究費を受けています。論文にも明記されています。
ですから、「エムネクスパイクが実際の診療でも効いていた」という補強にはなりますが、「コミナティより11ポイント優れている」という比較には使えません。ましてダイチロナとの比較には使えません。
理由は一つではありません。
必要な人数と費用が大きいこと。株の更新が速くて、試験が終わる頃には株が変わっていること。そして、企業の側に直接比べる動機が乏しいこと。
いずれにしても、直接比べた試験がない以上、どちらが優れているとは断定しません。
今日の結論があいまいに聞こえたとしたら、それはデータの形がそうなっているからです。
ここまで、ずいぶん細かい話にお付き合いいただきました。最後に、図を2枚お見せします。
1枚目は、2つのワクチンがスパイクタンパク質のどこを使っているかという図。2枚目は、さきほど触れた「感染増強」という話の、もとになった実験の図です。ここだけ読んでも分かるように書きましたので、本編が長かったという方は、こちらからご覧いただいても構いません。

図A 2つのワクチンの抗原設計
ダイチロナRはRBDのみ、エムネクスパイクRはNTD+RBDをコードします。
ドメインの長さは模式的に描いたもので、実際のアミノ酸長の比率とは異なります。
まず、ウイルスの側の話からです。
新型コロナウイルスの表面には、スパイクタンパク質という突起が生えています。これが、人の細胞に取りつくための道具なんですね。
この突起、大きく3つに分かれています。いちばん先のほうにあるのがRBD。これが細胞側のACE2という受け口に、そのまま差し込まれます。鍵の先端だと思ってください。その隣、少し根元寄りにあるのがNTD。そしていちばん根元がS2で、ここは細胞の膜と膜をくっつける働きをします。
さて、これまでのワクチンは、このスパイクを丸ごと作らせていました。ところが今回の2剤は、どちらも丸ごとは使っていません。必要な部分だけに絞っている。ここは共通なんです。違うのは、その絞り方です。
ダイチロナ®は、RBDだけに絞りました。免疫の反応を一点に集中させよう、という考え方ですね。的を減らせば、そのぶん力が集まります。それともう一つ、NTDに対する抗体そのものが作られない。これが効いてきます。弱点は、的が1つしかないことです。ウイルスがRBDを変えてきたとき、ほかに逃げ道がありません。
一方のエムネクスパイク®は、NTDとRBDの2つを残しました。NTDにもウイルスを抑える目印があるので、それも使おう、という考え方です。さらにHATMという留め具で、作られた抗原を細胞の膜に固定しています。弱点は、NTDを残した以上、あとでお話しする困った抗体を、理屈のうえでは完全には締め出せないことです。
一点に集中して無駄を削るか。複数の的を残して幅を確保するか。設計の思想としては、そういう対比になっているわけです。
では、なぜNTDがあるかないかで、ここまで議論になるのか。はっきりした理由があります。
2021年に、医学誌Cellに載った報告です。大阪大学の研究チームによるものでした。
この研究チーム、新型コロナから回復した患者さんの血液から、抗体を一つひとつ取り出しました。そして、スパイクのどこにくっつくかで分類したんですね。そのうえで、こう測っています。「その抗体がある状態で、スパイクは細胞側の入り口であるACE2と、どれくらいくっつきやすくなるか」。
次の図の縦軸が、それです。1.0のところが「抗体を加えないとき」。1より上に伸びていれば、くっつきやすくなった。下に伸びていれば、くっつきにくくなった。そういう見方をします。

図B 各抗体存在下におけるSARS-CoV-2スパイクタンパク質とACE2との結合性(in vitro)
Liu Y, et al. Cell. 2021;184(13):3452-3466. PMID: 34139176 を基に作成した模式図
※棒の高さは原著の図から読み取った概略値です。
※培養細胞を用いた試験管内の結合実験であり、ヒトでの感染・重症化やワクチン間の優劣を直接示すものではありません。
結果が、きれいに三つに分かれました。
まずRBDの抗体。図の黄土色です。これはACE2とくっつく部分そのものを覆いますから、鍵の先端にふたをするようなものですね。棒は軒並み1より下。なかには10分の1近くまで下げているものもあります。狙いどおりです。
次にS2の抗体。黒い棒ですね。これはACE2とくっつく場所から遠いので、予想どおり、何も起きません。1のまま、横一列に並んでいます。
問題はNTDです。
NTDというのは、さきほど申し上げたとおりスパイクの先端側にあって、ACE2とは直接くっつきません。それなのに、一部の抗体がACE2との結合を2倍から3倍近くまで強めてしまった。図の赤い棒がそれです。研究チームはこれを「感染増強抗体」と名づけました。
なぜ、こんなことが起きるのか。
スパイクというのは、ふだんRBDを折りたたんで隠しています。ACE2にくっつくときだけ、これを立ち上げる。閉じた鍵は鍵穴に入りませんが、開いた鍵なら入る、というわけです。
ここで抗体の形を思い出してください。アルファベットのYのような形をしていて、先端に手が2本ありますね。NTDにくっついた抗体が、この2本の手で、隣り合うスパイクのNTDどうしを橋渡ししてしまう。すると、NTDとRBDのあいだの押さえが外れて、RBDが立ち上がりやすくなる。これが、報告された仕組みです。
抗体が、ウイルスの鍵を、差し込みやすい向きに起こしてしまう。そんなイメージでしょうか。
この説明には裏づけがあります。抗体の手を1本だけにした断片では、増強が起きない。2本つながった断片では起きる。つまり橋渡しができるかどうかが、分かれ目だったわけです。
それから、この報告にはもう一つ、見過ごせない結果があります。
研究チームは、RBDにくっついてACE2をブロックする、代表的な中和抗体を使いました。そして、増強抗体が同時にいるとどうなるかを調べた。すると、増強抗体がいると、中和抗体をある程度まで加えても、ACE2との結合が下がりきらなくなったんです。
つまり増強抗体は、自分が結合を強めるだけではない。せっかくの中和抗体の働きまで、邪魔してしまう。中和抗体の量だけでなく、増強抗体とのバランスを見なければいけない、と言われるのは、このためです。
ここで、いったん立ち止まります
ただし、ここは大事なので、はっきり申し上げておきます。この実験は、培養細胞と精製した抗体を使った、試験管の中の話です。実際の血液のなかでは、ウイルスを抑える中和抗体と、結合を強める抗体が混ざっています。全体としてどちらが勝つのかは、この実験からは分かりません。そして事実として、新型コロナワクチンによって人で病状が悪化したという確認は、現在まで得られていません。
もう一点、実験の設計についても申し上げておきます。ここで使われたのは、全長のスパイクタンパク質を細胞の表面に出させた系でした。つまりこの図そのものは、抗原を絞り込んだ2つのワクチンのどちらが優れているかを測った実験ではないんです。この図から読み取れるのは、「NTDのある部位にくっつく抗体には、こういう性質を持つものがある」。その一点です。
さて、図Aで見たとおり、ダイチロナ®はRBDのみ、エムネクスパイク®はNTDとRBDです。NTDを含めないダイチロナ®の設計は、まさに図Bの現象を避けようという発想から来ています。
ここまでは、筋が通っているんです。
問題は、その次の一歩です。
「だからダイチロナ®のほうが人で安全である」。これを支えるデータが、いまのところありません。そもそも、2剤を直接比べた臨床試験が存在しないんです。
それと、もう一度図Bを見ていただきたいんですが。NTDの抗体のうち、赤く塗られているのは一部だけですよね。黒い棒、つまり結合を強めなかった抗体のほうが、数としては多く並んでいます。NTDにも、ウイルスを抑えてくれる良い目印があるんです。「NTDがあるから危険、RBDだけだから安全」。そういう単純な線引きは、この図からは出てきません。
免疫のはたらきを「効く」か「効かない」かの二択で語ってしまうと、こぼれ落ちるものがあります。抗体という同じ名前のものが、くっつく場所ひとつで真逆のふるまいを見せる。しかも同じ場所にくっつく抗体のなかにも、守ってくれるものとそうでないものが混ざっている。
この2枚の図は、そういう体のなかの複雑さを、そのまま見せてくれます。
理屈のうえで優れていることと、実際の患者さんで優れていること。これは、別です。本編を通してお伝えしたかったのは、結局のところこの一行に尽きます。
ご不明な点があれば、接種のときに遠慮なくお尋ねください。
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